28:傀儡の女王と角無し王子
「危ないっ!」
そう叫んだのは、遅れて駆けつけた仲間の誰でもなかった。
容赦なく襲い来る斬撃を、見えない壁が音を立てて弾く。
パメラは反動で僅かに痺れる手に一瞬視線を落とし、それから声がした方を振り返った。
「誰かと思えば……“ツノ無しの弟君”シルヴァン様ではありませんか。貴方も人間界に来ていましたのね」
「シルヴァン……?」
コツ、コツと靴音を響かせて登場したのは、濡れたような黒髪にどこか哀しげな光を湛えた銀色の瞳の、長身の青年だった。
青を基調とした衣装に、光沢のある純白のマント。服装からだけでなく、佇まいにも気品が感じられる。
(この人も魔族? でも、全てを見下していたガルディオとは決定的に違う……)
シルヴァンはエイミを見やると静かに目を細め、パメラへと向き直った。
「……きょうだいが傷つけ合うさまは、見たくない」
「ですが今まさしく兄君のガルディオ様に弓引く行為をなさっているのではなくって?」
え、とエイミが声を洩らす。目の前で繰り広げられているやりとりが、理解――というより、受け入れられない。
大好きで尊敬していた、憧れの姉がグリングランを破壊しようとしていて、それを止めたのが魔族で、仇敵ガルディオの弟だという事実が。
足元が揺らぎ、がらがらと崩れ去るような感覚。相棒のそんな動揺を、ミューは彼女を乗せた背中で感じ取っていた。
「ほんの気まぐれさ。臆病者のツノ無しの行動をいちいち恐れる兄上ではないだろう?」
「……わかりました。わたくしもまだ本調子ではありませんし、魔族の恐ろしさを知らしめるにはこれで充分でしょう」
茫然自失のエイミを一瞥し、パメラはくるりと踵を返す。
空間にぽかりと穴が開き、彼女を迎え入れると何事もなかったかのように閉じてしまった。
「……ね、姉様……」
「大丈夫か、エイミ……?」
パメラが姿を消した途端に勢いを失った魔物は次々と倒され、グリングランに静けさが戻る。
それでも穏やかで美しいグリングランの町並みは壊されたままで、襲撃の跡を痛々しく残していた。
「なによこれ、めちゃくちゃじゃない!」
「大変だ、みんなの怪我を治さなきゃ……!」
後続の仲間たちが駆けつけ、周囲を見回す。
派手にあちこち壊されているが倒れ伏す者はおらず、よく見れば一番深手を負っているのはパメラと直接対峙していたブリーゼのようだ。
「パメラの奴め、どういうつもりだ……」
ひとまずの危機が去り、がくりとその場に崩折れるブリーゼにモーアンが駆け寄り、回復魔法をかける。
シルヴァンと呼ばれていた若者が、そこに静かに歩み寄った。
「彼女は……ガルディオの術で変えられてしまった」
「あの体の奇妙な紋様……それに、彼女の髪は深い青色だったはずだ。あれではまるで……」
ふたりの話についていけないフォンドが「んん?」と首を傾げる。
「髪の色がなんかあるのか?」
「ドラゴニカの人間はパートナーの竜の魔力に染まり、髪色を変える。私は風、エルミナなら水の魔力が強く出ていることになるんだ」
だから、女王の髪色が変わっていたということと、砂漠で遭遇した黒竜のことを思い出せば、それが何を意味するのか自然と導きだされるだろう。
ミューの背からは降りたものの先程から言葉を失い、俯いたままのエイミをちらりと見、シルヴァンは目を細める。
「……どこか、落ち着いて話せる場所に移動してくれないだろうか」
「それなら竜騎士の詰所に行こう。人に聞かれたくない話もするだろうからな」
「僕は怪我人の治療をしてくるよ。話は後で聞くから」
僕もまだ、頭の整理がしたいからね。
モーアンはそう言うと、町中へと歩き出すのだった。
そう叫んだのは、遅れて駆けつけた仲間の誰でもなかった。
容赦なく襲い来る斬撃を、見えない壁が音を立てて弾く。
パメラは反動で僅かに痺れる手に一瞬視線を落とし、それから声がした方を振り返った。
「誰かと思えば……“ツノ無しの弟君”シルヴァン様ではありませんか。貴方も人間界に来ていましたのね」
「シルヴァン……?」
コツ、コツと靴音を響かせて登場したのは、濡れたような黒髪にどこか哀しげな光を湛えた銀色の瞳の、長身の青年だった。
青を基調とした衣装に、光沢のある純白のマント。服装からだけでなく、佇まいにも気品が感じられる。
(この人も魔族? でも、全てを見下していたガルディオとは決定的に違う……)
シルヴァンはエイミを見やると静かに目を細め、パメラへと向き直った。
「……きょうだいが傷つけ合うさまは、見たくない」
「ですが今まさしく兄君のガルディオ様に弓引く行為をなさっているのではなくって?」
え、とエイミが声を洩らす。目の前で繰り広げられているやりとりが、理解――というより、受け入れられない。
大好きで尊敬していた、憧れの姉がグリングランを破壊しようとしていて、それを止めたのが魔族で、仇敵ガルディオの弟だという事実が。
足元が揺らぎ、がらがらと崩れ去るような感覚。相棒のそんな動揺を、ミューは彼女を乗せた背中で感じ取っていた。
「ほんの気まぐれさ。臆病者のツノ無しの行動をいちいち恐れる兄上ではないだろう?」
「……わかりました。わたくしもまだ本調子ではありませんし、魔族の恐ろしさを知らしめるにはこれで充分でしょう」
茫然自失のエイミを一瞥し、パメラはくるりと踵を返す。
空間にぽかりと穴が開き、彼女を迎え入れると何事もなかったかのように閉じてしまった。
「……ね、姉様……」
「大丈夫か、エイミ……?」
パメラが姿を消した途端に勢いを失った魔物は次々と倒され、グリングランに静けさが戻る。
それでも穏やかで美しいグリングランの町並みは壊されたままで、襲撃の跡を痛々しく残していた。
「なによこれ、めちゃくちゃじゃない!」
「大変だ、みんなの怪我を治さなきゃ……!」
後続の仲間たちが駆けつけ、周囲を見回す。
派手にあちこち壊されているが倒れ伏す者はおらず、よく見れば一番深手を負っているのはパメラと直接対峙していたブリーゼのようだ。
「パメラの奴め、どういうつもりだ……」
ひとまずの危機が去り、がくりとその場に崩折れるブリーゼにモーアンが駆け寄り、回復魔法をかける。
シルヴァンと呼ばれていた若者が、そこに静かに歩み寄った。
「彼女は……ガルディオの術で変えられてしまった」
「あの体の奇妙な紋様……それに、彼女の髪は深い青色だったはずだ。あれではまるで……」
ふたりの話についていけないフォンドが「んん?」と首を傾げる。
「髪の色がなんかあるのか?」
「ドラゴニカの人間はパートナーの竜の魔力に染まり、髪色を変える。私は風、エルミナなら水の魔力が強く出ていることになるんだ」
だから、女王の髪色が変わっていたということと、砂漠で遭遇した黒竜のことを思い出せば、それが何を意味するのか自然と導きだされるだろう。
ミューの背からは降りたものの先程から言葉を失い、俯いたままのエイミをちらりと見、シルヴァンは目を細める。
「……どこか、落ち着いて話せる場所に移動してくれないだろうか」
「それなら竜騎士の詰所に行こう。人に聞かれたくない話もするだろうからな」
「僕は怪我人の治療をしてくるよ。話は後で聞くから」
僕もまだ、頭の整理がしたいからね。
モーアンはそう言うと、町中へと歩き出すのだった。
