28:傀儡の女王と角無し王子
炎に包まれ、瓦礫が山と積まれる中飛び交う魔物と人々の悲鳴。
平和でのどかなグリングランの町のこれで二度目となるそんな光景を前に、フォンドは言葉を失って立ち尽くした。
「そんな、なんで……っ」
英雄がいなくなった町は容易く蹂躙され、悲劇に染まる。
よく見れば周囲には傷ついて倒れ、或いは膝をつく竜騎士の姿がちらほら確認できるが……
(そうだ、ブリーゼさん! あの人ならそう簡単には……!)
小さな希望に縋り、町の中心へと目を向けたフォンドが見たものは、
「くっ、うう……」
槍に縋り、どうにか立っている傷だらけのブリーゼと、
「腕が落ちましたね、ブリーゼ。それとも、わたくしを前に迷ってらして?」
流線型の大きな穂先をつけた槍を払い、悠々とした立ち姿の女性。
長く、大海の波を思わせるような巻き髪の色は漆黒から毛先に向けて赤いグラデーションがかかっている。髪同様に黒い、鈍く光る鎧はあちこち大きく露出した白い肌を際立たせ、その肌には左頬から手先、足にかけて黒い紋様が描かれていた。
(あの紋様、ジャーマのと似てる……?)
少し前、フォンドが旅立つきっかけとなったグリングラン襲撃事件。その時に魔物を率いていたのは、かつての義兄弟ジャーマだった。
力に取り憑かれ、見境なく暴れていた彼の顔にあった見慣れない紋様が、ちょうどこんな雰囲気ではなかったか。
と、フォンドの視線に気づいた女がゆっくりと振り返る。
「……まだ歯向かう者がいましたか」
「――ッ!」
ぞくり。冷ややかな瞳に射抜かれ、全身が硬直する。
槍を持ち替えながらゆったりとした足取りで歩み寄る女。ここで退いてはいけないという想いと、逃げなければやられるという本能がフォンドの中でせめぎ合う。
「アンタは、一体……」
「わたくしですか? わたくしは……」
瞬間、猛スピードで追いかけて来たのだろう竜が凄まじい風を連れてふたりの間に割って入る。
その背には、すっかり一人前の竜騎士になったエイミが驚愕の表情で女を見下ろしていた。
『どういうコトよ、これは……』
ミューが動揺に震える声で呻く。
「貴女は……」
「ね、姉様……?」
フォンドは息を詰まらせ、目を見開いた。エイミの姉といえば、ドラゴニカの女王パメラ。エイミの話では魔族ガルディオが攻め入った時に皆を逃がすため立ち塞がって、それから先はどうなったかわからないという話だが……
直後にガルディオがエイミたちの前に姿を見せた時点で、命を落としたものだと思われていた。
ぼうっとした眼で妹を見上げていた姉は、やがて静かに口を開く。
「……エルミナ。竜に乗れるようになったのですね」
「!」
「驚いたでしょう。今のわたくしはガルディオ様の配下、邪竜妃パメラ……この姿もそのためです」
言いながら、パメラは槍を構え、力強く振り下ろす。
その刹那、彼女の唇が音もなく動いた。
(え……?)
ひっそりと紡がれた言葉に気を取られた次の瞬間、細腕から放たれたとは思えない凄まじい衝撃波が、無防備なフォンドとエイミに襲いかかった。
平和でのどかなグリングランの町のこれで二度目となるそんな光景を前に、フォンドは言葉を失って立ち尽くした。
「そんな、なんで……っ」
英雄がいなくなった町は容易く蹂躙され、悲劇に染まる。
よく見れば周囲には傷ついて倒れ、或いは膝をつく竜騎士の姿がちらほら確認できるが……
(そうだ、ブリーゼさん! あの人ならそう簡単には……!)
小さな希望に縋り、町の中心へと目を向けたフォンドが見たものは、
「くっ、うう……」
槍に縋り、どうにか立っている傷だらけのブリーゼと、
「腕が落ちましたね、ブリーゼ。それとも、わたくしを前に迷ってらして?」
流線型の大きな穂先をつけた槍を払い、悠々とした立ち姿の女性。
長く、大海の波を思わせるような巻き髪の色は漆黒から毛先に向けて赤いグラデーションがかかっている。髪同様に黒い、鈍く光る鎧はあちこち大きく露出した白い肌を際立たせ、その肌には左頬から手先、足にかけて黒い紋様が描かれていた。
(あの紋様、ジャーマのと似てる……?)
少し前、フォンドが旅立つきっかけとなったグリングラン襲撃事件。その時に魔物を率いていたのは、かつての義兄弟ジャーマだった。
力に取り憑かれ、見境なく暴れていた彼の顔にあった見慣れない紋様が、ちょうどこんな雰囲気ではなかったか。
と、フォンドの視線に気づいた女がゆっくりと振り返る。
「……まだ歯向かう者がいましたか」
「――ッ!」
ぞくり。冷ややかな瞳に射抜かれ、全身が硬直する。
槍を持ち替えながらゆったりとした足取りで歩み寄る女。ここで退いてはいけないという想いと、逃げなければやられるという本能がフォンドの中でせめぎ合う。
「アンタは、一体……」
「わたくしですか? わたくしは……」
瞬間、猛スピードで追いかけて来たのだろう竜が凄まじい風を連れてふたりの間に割って入る。
その背には、すっかり一人前の竜騎士になったエイミが驚愕の表情で女を見下ろしていた。
『どういうコトよ、これは……』
ミューが動揺に震える声で呻く。
「貴女は……」
「ね、姉様……?」
フォンドは息を詰まらせ、目を見開いた。エイミの姉といえば、ドラゴニカの女王パメラ。エイミの話では魔族ガルディオが攻め入った時に皆を逃がすため立ち塞がって、それから先はどうなったかわからないという話だが……
直後にガルディオがエイミたちの前に姿を見せた時点で、命を落としたものだと思われていた。
ぼうっとした眼で妹を見上げていた姉は、やがて静かに口を開く。
「……エルミナ。竜に乗れるようになったのですね」
「!」
「驚いたでしょう。今のわたくしはガルディオ様の配下、邪竜妃パメラ……この姿もそのためです」
言いながら、パメラは槍を構え、力強く振り下ろす。
その刹那、彼女の唇が音もなく動いた。
(え……?)
ひっそりと紡がれた言葉に気を取られた次の瞬間、細腕から放たれたとは思えない凄まじい衝撃波が、無防備なフォンドとエイミに襲いかかった。
