27:グリングランへの帰路

「ところで、ひとつ気になっていたんだが」

 谷を出て、グリングランまでの道中。ふとシグルスが口を開く。

「リプルスーズでの戦闘では、何か光の弾を出して攻撃していなかったか? 詠唱もないから不思議だったんだ」

 その疑問はプリエールへ。シグルスの言う通り、彼女は魔法ではない“何か”を用いて魔物を撃退していた。
 大掛かりなものでなければ補助魔法は短いが、詠唱は必要だ。シグルスの魔法剣だってそれは例外ではない。

「ああ、それはね……この腕輪のおかげよ」

 プリエールは言いながらゆったりした袖を捲り、白く細い腕にはめられた大振りな金色の腕輪を見せつけた。
 緑色の宝石がゆらりと不思議な光を湛えているのを、シグルスとモーアンが覗き込む。

「これは、魔法石かい? じゃあこれは魔法道具?」
「ええ、そうよ。あたしが作ったの。あたしは魔法が得意だけど、詠唱の隙を狙われたらどうしようもないから」

 魔法は強力で、物理攻撃が効かない相手にも有効だが、詠唱の間は無防備という欠点がある。
 だからこそモーアンはエイミたち前衛に守ってもらい、後方で時間を稼いでもらうのが主なパターンになるのだが……

「魔法書ってあるじゃない? 魔法使いの必需品の」
「読むというより魔法の補助的な本だね。文字に魔力が込められてるんだっけ」
「そう。この腕輪を使えば、その本にこめられた魔力を利用して、詠唱なしで魔力の弾を撃ち出すことができるの」

 長くしなやかな指先で腕輪をコツンと叩き、プリエールは微笑む。

「まぁ、きちんと唱えた魔法ほど威力はないし弾も遠くまでは飛ばせない、あくまで護身用なんだけど。囲まれた時に何もできないよりはマシってとこね」
「それでも弱い魔物は吹っ飛ばしていただろう。なかなか馬鹿にできないぞ」
「えっそうなの? 僕も欲しいなぁ」

 神官であるモーアンもプリエール同様に魔法を得意としている反面、やや非力で動きも遅く物理攻撃手段に乏しい。
 攻撃準備が整う前に敵に近寄られたら終わり、という術者の悩みが解消されるなら、魅力的な話だろう。

「うーん、あなた神官さんよね? 確か魔法書じゃなくて杖を使うんだったかしら?」
「そうだね。難しい?」
「ちょっと仕組みが違うからイチから作らないとね。少し待っててくれる?」

 もうひとつあるにはあるけど……なんて内心で呟いて、魔法書を入れた大きめのヒップバッグの中に入っている“もうひとつ”をちらりと思い出す。

(これも魔法書用だし……どのみち、こっちはアルバにあげるつもりで作ったのよね)

 禁呪の魔法士を倒し、彼を元に戻したら必ず……プリエールが今はこの場にいない友人に想いを馳せた、その時だった。

「あっ、ねぇ! あれ見て!」

 先頭を歩いていたサニーがグリングランを指差し、叫ぶ。
 緑の国ののどかな町からあがる炎と、いくつもの煙。一瞬にして、その場に緊張が走る。
 中でも、グリングランで育ったフォンドにとっては……

「なんだよあれ……まさか、また……?」

 低く、わなわなと震える声。町が魔物に襲われた事件はまだ記憶に新しい。
 その時魔物を率いていたのは、かつて家族だった男。もし、今回もそうだとしたら――考えるより早く、フォンドの足は駆け出していた。

「ま、待って! 待ってください、フォンド!」
『ごめん、ちょっと先行くわねみんな!』

 今、フォンドを一人で先に行かせては危険だ。
 そう思ったエイミがミューに飛び乗り、後を追う。

(フォンドのことだけじゃない。何か、妙な胸騒ぎがする……!)

 ざわざわと違和感を訴える胸に置いた手を、ギュッと握る。
 グリングランはもう目と鼻の先。この嫌な予感が、どうか当たりませんように――今はただ、そう祈るしかなかった。
4/4ページ
スキ