26:風吹く谷で

「それで、プリエールはどうして精霊に会いたいんだい?」
「話せば少し長くなるわ……千年前に女神に封印された“禁呪の魔法士”っているじゃない?」

 千年前の脅威は魔族や悪魔だけではない。同じ人間でありながら知識と力の欲に溺れ、禁じられた術に手を出して、人間界を支配しようとした男……それが“禁呪の魔法士”だ。

「マギカルーン近くの遺跡にそいつが封印されていたの。アルバ……アルバトロスっていうあたしの友人と一緒に、ほんの好奇心でそこに行ったのよ」

 遺跡自体は発見されてしばらく経っているが、そこに隠し部屋があったという。
 難解だと言われていた隠し部屋の仕掛けは、何故かあっさりとプリエールたちを招き入れた。

「アルバは……彼は、禁呪の魔法士の子孫だったの。彼自身も知らなかったことよ。隠し部屋の奥に入れたのはそのためで、禁呪の魔法士の“容れ物”にするため誘い込まれていたの」
「それって……」
「抵抗むなしく、彼は体を乗っ取られた……んだと思う。あたしは傷だらけでマギカルーンの入口で倒れていたらしくて、目を覚ました時にはもうどこにもアルバの姿はなかったわ」

 きっと何らかの方法でアルバトロスがプリエールを逃がしてくれたのだろう。体を奪われる直前、最後の力を振り絞って……

「今でもあの時の必死なアルバの声が耳に残ってる。あたしは彼を見つけ出して、助けたいのよ」
「アルバトロスさんを探すことと精霊と会うことは何か関係があるんですか?」
「禁呪の魔法士は本の姿をしていたんだけど、そいつは黒いモヤを出していたわ」
「!」

 黒いモヤといえば、精霊を穢し魔物を凶暴化させる“穢れ”のことだろうか。
 誰より大きく反応したのは、穢れによって豹変した親友を追っているモーアンだった。

「覚えているかしら? 港で倒した魔物が黒いモヤを噴き出したの。あの時の魔物は明らかに異常だったでしょ?」

 弱まっていたとはいえ、普段なら結界のある町にそう簡単に魔物は近づかない。
 そもそも海の魔物は海に生きるもの。砂浜で遭遇するならわかるが、ああやって集団でわざわざ陸にあがり、町で人を襲うこと自体が珍しい。

「あれはきっと魔物に異変をもたらすもの……そう思って、各地で起きた異変を追っていたら、精霊の住処で特にそういう異変が多く見られたの。あたしが行った時にはどれも既に事態は終息してたけど……」
「それ、たぶんオレたちが行った後のことじゃねえかな?」

 つまりプリエールは偶然エイミたちの足取りをある程度追って、そこから精霊に辿り着いたのだ。
 全てが穢れのせいではないが、異変は精霊の住処で起きたものが多い。

「……なんとなくだけど、アルバトロスって人、緑色の髪で陰気っぽいカンジのお兄さんだったりしない?」
「そ、そうだけど……」

 どうしてアルバの特徴を知っているのかしら。戸惑いがちにプリエールが答えると、彼女の前に炎がぼんと弾けた。

『そいつ、オレさまを暴走させたヤツだぜ! くそっ、禁呪の魔法士だったのかよ!』
「きゃあ! せ、精霊!?」
『おう。お望み通りの精霊だぜ!』

 急に飛び出したルベインはぐるりと辺りを見回し、天を仰ぐ。

『おうラクトぉ! 試すのはもういいだろ、出てこいよ!』
『……致し方ない、か』

 上空に渦巻いていた大気がさっと晴れ、小さな碧い光が降りてくる。

「あれが、風の精霊……」

 体の大きさはやはり他の精霊と同じくらい。青白い肌で、尖った耳はよく見れば鳥の翼の形をしており、頭に巻いた羽根つきのターバンやゆったりとした服装はミスベリア辺りの雰囲気に近い。

『ようこそ。レレニティアの力を受け継ぎし者たちよ』

 風の精霊ラクトはそう言うと、エイミたちをぐるりと見渡して微笑んだ。
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