26:風吹く谷で

 北大陸南部グリングランの南東にひっそりと存在する“風詠の谷”に吹く風は旅人を惑わし、その行き先を変えてしまうという。
 高い岩壁に囲まれた道を通る風はエイミたちを品定めするように過ぎていく。

「なんか、歓迎されてなさそうな雰囲気……?」
「というより、試されてるんじゃねーかな。風の精霊はそういうところがあるってオレも聞いたことがあるぜ」

 どことなく居心地の悪そうなサニーにグリングランで育ったフォンドが答える。
 火の精霊が言うように、ここに住まう精霊は気難しい性格のようだ。

『それにしたってヒトが悪い……いや、精霊が悪いぜ。こいつらの内にある“聖なる種子”がわからねえハズがないんだからよ』

 曲がったことや回りくどいことが嫌いだと自称する火精霊はうんざりした顔でぼやいた。

「その“聖なる種子”が託される状況が滅多にあることじゃないから慎重になっているんじゃないかな?」
「そうだな。たとえばそれが“女神に力を託された”んじゃなく“女神の力を奪った”んだとしたら、そうなるのも頷ける」
「力を奪う……そういうこともありえるんですね……」

 モーアン、シグルスの意見を受け、難しい顔をするエイミの前に、ひゅるんと光精霊が飛び出す。

『お前さんたちはそーゆーことをする連中にゃ見えんよ。ラクトもそれはわかっとる』
『だな。今はどうせ『我が力を扱うに足る者か試させて貰おう』ってところか。ったくこれだから……』

 またぶつくさと言い出した精霊をよそに、ミューが上空を見上げる。
 高所にだけ不自然なほど激しく吹く風に、彼女は顔をしかめた。

『周りの様子が知りたいけれど、風で蓋されたみたいに高いところの気流が悪いのよね……これじゃ飛べないわ』
「ちゃんと自分の足で来いってコトじゃない? とりあえず進もうよ!」

 いつまでも入口で立っていたって始まらない。前向きなサニーが元気よく手足を振って歩きだし、先へと進む。
 残りのメンバーもそれに続くが、ふとエイミが後ろを振り返る。

「ん、どうした、エイミ?」
「いえ……なにか気配がしたような」
「魔物じゃないっぽいな。野生の動物とかじゃないか?」

 一緒に立ち止まったフォンドとあちこち見回すが、敵意や殺気は向けられていない。

「おーいお二人さん、置いてっちゃうぞー!」
「今行くっての!」

 遅れないように慌ててふたりが駆け出し、その場には誰もいなくなる。
 と、思ったのだが……

「…………」

 エイミが感じ取った気配は、魔物でも、野生動物でもなかった。
 何もない岩陰がもぞりと動いたかと思えば、景色を映した布――ディグ村の者が持っていたものと同じく“幻惑の衣”という、幻を見せて身を隠すための魔法道具だ――の隙間からぱちぱちと何者かの目が覗く。

「あの人たちについて行けば、精霊のところに……」

 緊張か高揚か、それとも不安か。その声は微かに震えていた。
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