25:緑の国へ

「燈火の塔で言ったように、まず、お前たちには風の精霊ラクトとの契約を目指してもらう。ここから南東にある“風詠の谷”が彼の住処だ」
「風詠の谷……」

 エイミがその名を復唱すると、火の精霊ルベインが姿を現した。

『その名の通り、年がら年中いろんな風が吹いてる谷だぜ。ラクトは気難しいヤツだから『資格なき者にはその道が開かれることはないだろう』なーんてスカしたこと宣ってやがったが』
「うひゃー、なんか怖そう……」
「でも精霊のイメージとしてはそっちの方がなんかわかるけどね。今までがフランク過ぎたというか……」

 最初に出会った精霊はフランクの塊で次に出会った精霊も地元民に親しまれる地域密着型。
 我は違うぞ、と闇精霊の声が微かに聴こえた気がするが、そこに触れてくれる者はいなかった。

「……本当に精霊と対話しているのだな」

 例外はあるものの、精霊が姿を現しているのは基本的には“聖なる種子”を持つ契約者の前でだけ。一連の流れを感知できていないブリーゼは、それを汲んでしみじみと呟く。

「ふふ、見た目より賑やかな旅路ですよ」
『ちょっとやかましすぎる時もあるけどね』

 ミューはそう言っているが、これまでに精霊たちがその力で助けてくれたことも多く、時折会話に加わる賑やかな声が心を和ませてくれた。
 これから会う精霊たちについても、畏れてはいるもののそれ以上に期待の方が大きいだろう。

(姉の後ろについてばかりの少女が、すっかり頼もしくなって……)

 じん、と熱くなる胸元に手を置いて、ブリーゼはしばし浸る。
 一度閉じた瞼を開くと、彼女の目は鋭い光を宿した。

「風の精霊と契約したら、一度こちらに戻ってきてほしい。それまでにドラゴニカに行く準備を進めておく」
「準備って?」
「ヒミツだ。きっと驚くぞ」

 フォンドの疑問に今は答えを返さず、微笑むブリーゼ。
 そんな彼女はややあって、ふと思い出したように口を開いた。

「ああ、そういえば……最近他でも精霊の住処について聞かれたな。旅の学者のようだったが……」
「学者!?」

 普通ならば、精霊の研究でもしているのだろうと大して気にも留めないことだ。しかし、火の精霊を暴走させた人物は“緑髪で陰気そうな学者風の男”だという話である。

「そちらから聞いていた特徴とは違う、桃色の髪の女性だった。危険だから近寄らない方がいいと言っておいたが……」
「違う学者さんですか……桃色の髪の女性……うーん、どこかで……?」

 精霊に危害を加える人物でないなら気にしなくてもいいのかもしれないが、エイミの脳裏に何かが引っかかっていた。

「まずは精霊との契約だ! 風詠の谷へ行こうぜ!」
「しっかり準備してちゃんと休んでからだよ。みんながフォンド兄ちゃんみたいに無尽蔵の体力じゃないんだからさ」
「わかってるっての! ほら行くぞエイミ!」

 引っかかりながらも……仲間たちに背中を押され、会議室をあとにするエイミ。

「えっあっ、そ、それじゃあブリーゼ、また後で!」
「やれやれ、慌ただしいな。吉報を待っているぞ」

 ああ、良い仲間に囲まれて……
 はやくはやく、と急かされ消えていく背中を見送って、ブリーゼはくすりと笑うのだった。
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