24:覚悟を決めて
『うっ、うう……』
と、ふいに背後から聴こえてきた呻き声。振り向くと、燃える体の小さな竜。しばらく静かだった火の精霊ルベインがぼろぼろに泣いていた。
「ル、ルベインさん?」
『さっきからオレさまをほっといて黒竜だの姫だの盛り上がって文句のひとつも言ってやろうかと思ってたけど……なんだよ、お前らいい仲間じゃねえか!』
全身のあちこちで燃える炎が、ルベインが動くたび彼の気性を表すようにあちこちで弾ける。
こぼれる涙もよく見れば水ではなく、落ちる途中で爆発して……実際には熱くはないのだが、もうその光景が暑苦しい。
『ルベインは熱血漢の感動屋さんなんじゃよ』
『ひ、ひたすらに暑苦しいわね……』
スッと出てきたディアマントの説明にミューが遠慮のない呆れ顔をした。
ルベインはぐしぐし乱雑に目元を拭うと、エイミの方を勢い良く振り返る。
『エイミ!』
「は、はいっ!」
『レレニティアは千年前の戦いで魔族と戦ったが……あいつらは力が全てって考えで、邪魔だと思ったら実の親すら手にかけるような連中だ。おまけに自分の強さを誇示したいがゆえか、敗者を不必要にいたぶったりする』
魔族が敗者をいたぶるさまは、ドラゴニカで見てきたエイミにとってはよく知るものだ。
苦い記憶が蘇り、少女の拳に力が入る。
「実の親すら、っていうのは?」
『魔族も、最初から全部が全部バチバチに人間界に攻撃的な連中ばかりじゃなかった。何よりそのトップが穏健派だったがために魔界と人間界は共存し、長らく争いが起きていなかったのさ』
『それを崩したのがトップの息子……魔界の王子ガルディオだったのじゃよ』
「!」
宿敵の名を耳にしたエイミの全身が強張る。
精霊たちが今話した内容をあわせると“実の親すら手にかける”という言葉の意味は……
『争う気がなかった父親を腰抜けと呼び、命と地位を奪い、侵略を開始したんじゃ。魔族に劣る種族相手に、対等に接する必要はない。ただ奪えばいいだけだと言いながらのう……』
「ひどい……」
『全員じゃねえが魔族ってのはそういうヤツなんだぜ。お前らは今からそれに戦いを挑みに行くワケだ』
ルベインが見据えるのは、エイミの瞳。その内に宿る、静かな焔の揺らめきだ。
『覚悟は、できてんのか?』
「…………」
仲間たちが固唾を呑み、見守る中、エイミは一度引き結んだ口をゆっくりと開く。
「確かに、魔族は恐ろしい相手です。あのガルディオも、恐らくそれ以外にも……わたしの力はまだまだ届かないかもしれません」
これまで旅をして、仲間や精霊たちと出会い、自分自身も力をつけてきた。それでも、あの日見た絶望的な光景を覆すには足りないだろう。
「わたしひとりの力では……」
エイミは仲間たちを振り返り、ひとりひとりの顔をしっかりと見つめる。
これまで共に戦った、大切な仲間の顔を。
「……王女として、そして仲間として。危険を承知で皆さんにお願いがあります。ドラゴニカを取り戻すため、力を貸してください!」
しん、と静まり返るのは一瞬のこと。
次いで、皆がそれぞれに笑みを浮かべる。
「ったり前だろ。オレだって魔族の連中はぶっ飛ばしてえんだ!」
「こうなったら乗りかかった船だよ」
「お前たちには借りがある」
「ミスベリアも救ってくれたもんね!」
彼らの心は、とうに決まっていた。
真っ直ぐに向けられた瞳から、それはエイミの胸に痛いほど伝わってくる。
(ああ……わたしは、なんて……)
なんて素敵な人たちと出逢えたのでしょう。
さまざまな想いが込み上げ、一度はおさまったはずの涙が再び溢れそうになり、口許を押さえる。
そんなエイミの隣で、ミューがどこか嬉しそうに笑った。
『いくわよ、エイミ!』
「ええ!」
もう、ひとりぼっちで旅立った未熟で頼りない王女ではない。
少女の顔がぱっと明るく、どこか頼もしく変わる。その後ろでは、火の精霊が腕組みをしながらうんうんと頷いていた。
と、ふいに背後から聴こえてきた呻き声。振り向くと、燃える体の小さな竜。しばらく静かだった火の精霊ルベインがぼろぼろに泣いていた。
「ル、ルベインさん?」
『さっきからオレさまをほっといて黒竜だの姫だの盛り上がって文句のひとつも言ってやろうかと思ってたけど……なんだよ、お前らいい仲間じゃねえか!』
全身のあちこちで燃える炎が、ルベインが動くたび彼の気性を表すようにあちこちで弾ける。
こぼれる涙もよく見れば水ではなく、落ちる途中で爆発して……実際には熱くはないのだが、もうその光景が暑苦しい。
『ルベインは熱血漢の感動屋さんなんじゃよ』
『ひ、ひたすらに暑苦しいわね……』
スッと出てきたディアマントの説明にミューが遠慮のない呆れ顔をした。
ルベインはぐしぐし乱雑に目元を拭うと、エイミの方を勢い良く振り返る。
『エイミ!』
「は、はいっ!」
『レレニティアは千年前の戦いで魔族と戦ったが……あいつらは力が全てって考えで、邪魔だと思ったら実の親すら手にかけるような連中だ。おまけに自分の強さを誇示したいがゆえか、敗者を不必要にいたぶったりする』
魔族が敗者をいたぶるさまは、ドラゴニカで見てきたエイミにとってはよく知るものだ。
苦い記憶が蘇り、少女の拳に力が入る。
「実の親すら、っていうのは?」
『魔族も、最初から全部が全部バチバチに人間界に攻撃的な連中ばかりじゃなかった。何よりそのトップが穏健派だったがために魔界と人間界は共存し、長らく争いが起きていなかったのさ』
『それを崩したのがトップの息子……魔界の王子ガルディオだったのじゃよ』
「!」
宿敵の名を耳にしたエイミの全身が強張る。
精霊たちが今話した内容をあわせると“実の親すら手にかける”という言葉の意味は……
『争う気がなかった父親を腰抜けと呼び、命と地位を奪い、侵略を開始したんじゃ。魔族に劣る種族相手に、対等に接する必要はない。ただ奪えばいいだけだと言いながらのう……』
「ひどい……」
『全員じゃねえが魔族ってのはそういうヤツなんだぜ。お前らは今からそれに戦いを挑みに行くワケだ』
ルベインが見据えるのは、エイミの瞳。その内に宿る、静かな焔の揺らめきだ。
『覚悟は、できてんのか?』
「…………」
仲間たちが固唾を呑み、見守る中、エイミは一度引き結んだ口をゆっくりと開く。
「確かに、魔族は恐ろしい相手です。あのガルディオも、恐らくそれ以外にも……わたしの力はまだまだ届かないかもしれません」
これまで旅をして、仲間や精霊たちと出会い、自分自身も力をつけてきた。それでも、あの日見た絶望的な光景を覆すには足りないだろう。
「わたしひとりの力では……」
エイミは仲間たちを振り返り、ひとりひとりの顔をしっかりと見つめる。
これまで共に戦った、大切な仲間の顔を。
「……王女として、そして仲間として。危険を承知で皆さんにお願いがあります。ドラゴニカを取り戻すため、力を貸してください!」
しん、と静まり返るのは一瞬のこと。
次いで、皆がそれぞれに笑みを浮かべる。
「ったり前だろ。オレだって魔族の連中はぶっ飛ばしてえんだ!」
「こうなったら乗りかかった船だよ」
「お前たちには借りがある」
「ミスベリアも救ってくれたもんね!」
彼らの心は、とうに決まっていた。
真っ直ぐに向けられた瞳から、それはエイミの胸に痛いほど伝わってくる。
(ああ……わたしは、なんて……)
なんて素敵な人たちと出逢えたのでしょう。
さまざまな想いが込み上げ、一度はおさまったはずの涙が再び溢れそうになり、口許を押さえる。
そんなエイミの隣で、ミューがどこか嬉しそうに笑った。
『いくわよ、エイミ!』
「ええ!」
もう、ひとりぼっちで旅立った未熟で頼りない王女ではない。
少女の顔がぱっと明るく、どこか頼もしく変わる。その後ろでは、火の精霊が腕組みをしながらうんうんと頷いていた。
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