24:覚悟を決めて
「そんな……千年前の魔族が、ドラゴニカとグリングランを……?」
ひととおり話を聞き終えたブリーゼは、信じられないといった顔をした。
まだ世界の危機に触れていない人間からすれば、やはりおとぎ話の存在に過ぎない魔族。それが急に現れて、平穏を脅かしているなどと――平和な現代において、その意識はあまりにも現実から離れている。
「しかもルクシアルで女神レレニティアの力を託され、精霊を探す旅で他の千年前の脅威とも……すまない、少し理解が追いつかない」
うーむと唸りながら額をおさえ、俯くブリーゼ。
こうして他人に話し聞かせながら改めて、エイミは自分たちがここまでとんでもない旅をしてきたんだという実感させられる。
「随分、遠くまで来ていたんですね……」
「まだまだいっぱい歩くことになりそうだけどな」
エイミがぽつりと呟くと、隣にいたフォンドがふっと笑いかけた。
「それで、この後はドラゴニカに戻るつもりなのか?」
「今は直接ドラゴニカへ向かう海路が閉鎖されていますし、竜たちが操られてしまっている以上空から行くのも危険だと思います」
ドラゴニカとグリングランの間には壁のように聳える山脈があり、内部を通る洞窟もあるが、そう簡単には越えられない。
その唯一の陸路も閉鎖されてしまった可能性が高いだろう。
「精霊さんたちにもまだあまり会えていませんし、何か良い方法があればいいのですが……」
かつての女神がヒトであった頃も、各地の精霊と出会って力を得て脅威を退けたという話だった。
女神の力を託されて、エイミたちは奇しくも伝説の旅路をなぞろうとしているのだ。
少し前までは穏やかな平和を享受していた世界。同じように暮らしていただろうこんな若者たちが、過酷な旅を……ブリーゼは彼らの背に託されたものの重みをじっと見つめ、目を細める。
「……精霊ならグリングランやドラゴニカの近くにもいるし、船と空以外の道もあるぞ」
「ほ、本当かよ!?」
「そしたらいろいろ解決しちゃうじゃん!」
フォンドとサニーが続けざまに反応すると、ああ、とブリーゼが頷いた。
「水の精霊アクリアの住処がある“水鏡の泉”は地下で海と繋がっているんだ。泉はドラゴニカのすぐ近くだぞ」
「海と……って、海の中を移動するということか?」
地図で確認すると、海岸から泉まではそれなりに距離がある。海の中……それも、地面の下を潜って行くとなると、人間にはまず不可能な話だとシグルスは眉をひそめた。
「それについては後ほど説明するから、まずはグリングランに来てほしい。先に風の精霊ラクトと契約して、それからドラゴニカに向かう方が戦力増強になるだろう」
「ブリーゼさんもグリングランに行ってくれるのか?」
「話を聞く限り、魔族から逃げ延びた竜騎士やドラゴニカの人々が心配だからな。それに……」
ブリーゼはくるりと踵を返し、銀竜の背中をひと撫で。すると竜は上体を起こして翼をひろげ、羽ばたいた。
「ラファーガ……」
竜の羽ばたきに、俯きがちな小さなつぶやきが掻き消される。
何事もなかったかのように銀竜の背に飛び乗ると、竜騎士はゆっくりと上昇し、エイミたちを見下ろした。
「では、私は一足先にグリングランへ向かおう。待っているぞ、エルミナ」
「は、はい! ブリーゼも気をつけて……!」
バサリ、音を立ててブリーゼを乗せた銀竜が飛び立つ。
槍や剣の切っ先を思わせる鋭い銀色は、黒竜に負けず劣らずのスピードで北の空へと消えていった。
そして……
「やっぱ、聞き間違いじゃねえよな……?」
『……』
「……はい」
二度も呼ばれたら、もう誤魔化しようがない。それに……
「わたしの本当の名はエルミナ……エルミナ・クゥ・ドラゴニカです」
このひとたちには、いつか打ち明けようと思っていたことだから。
エイミは目を伏せ、ゆっくり振り向くと、仲間たちに微笑みかけた。
ひととおり話を聞き終えたブリーゼは、信じられないといった顔をした。
まだ世界の危機に触れていない人間からすれば、やはりおとぎ話の存在に過ぎない魔族。それが急に現れて、平穏を脅かしているなどと――平和な現代において、その意識はあまりにも現実から離れている。
「しかもルクシアルで女神レレニティアの力を託され、精霊を探す旅で他の千年前の脅威とも……すまない、少し理解が追いつかない」
うーむと唸りながら額をおさえ、俯くブリーゼ。
こうして他人に話し聞かせながら改めて、エイミは自分たちがここまでとんでもない旅をしてきたんだという実感させられる。
「随分、遠くまで来ていたんですね……」
「まだまだいっぱい歩くことになりそうだけどな」
エイミがぽつりと呟くと、隣にいたフォンドがふっと笑いかけた。
「それで、この後はドラゴニカに戻るつもりなのか?」
「今は直接ドラゴニカへ向かう海路が閉鎖されていますし、竜たちが操られてしまっている以上空から行くのも危険だと思います」
ドラゴニカとグリングランの間には壁のように聳える山脈があり、内部を通る洞窟もあるが、そう簡単には越えられない。
その唯一の陸路も閉鎖されてしまった可能性が高いだろう。
「精霊さんたちにもまだあまり会えていませんし、何か良い方法があればいいのですが……」
かつての女神がヒトであった頃も、各地の精霊と出会って力を得て脅威を退けたという話だった。
女神の力を託されて、エイミたちは奇しくも伝説の旅路をなぞろうとしているのだ。
少し前までは穏やかな平和を享受していた世界。同じように暮らしていただろうこんな若者たちが、過酷な旅を……ブリーゼは彼らの背に託されたものの重みをじっと見つめ、目を細める。
「……精霊ならグリングランやドラゴニカの近くにもいるし、船と空以外の道もあるぞ」
「ほ、本当かよ!?」
「そしたらいろいろ解決しちゃうじゃん!」
フォンドとサニーが続けざまに反応すると、ああ、とブリーゼが頷いた。
「水の精霊アクリアの住処がある“水鏡の泉”は地下で海と繋がっているんだ。泉はドラゴニカのすぐ近くだぞ」
「海と……って、海の中を移動するということか?」
地図で確認すると、海岸から泉まではそれなりに距離がある。海の中……それも、地面の下を潜って行くとなると、人間にはまず不可能な話だとシグルスは眉をひそめた。
「それについては後ほど説明するから、まずはグリングランに来てほしい。先に風の精霊ラクトと契約して、それからドラゴニカに向かう方が戦力増強になるだろう」
「ブリーゼさんもグリングランに行ってくれるのか?」
「話を聞く限り、魔族から逃げ延びた竜騎士やドラゴニカの人々が心配だからな。それに……」
ブリーゼはくるりと踵を返し、銀竜の背中をひと撫で。すると竜は上体を起こして翼をひろげ、羽ばたいた。
「ラファーガ……」
竜の羽ばたきに、俯きがちな小さなつぶやきが掻き消される。
何事もなかったかのように銀竜の背に飛び乗ると、竜騎士はゆっくりと上昇し、エイミたちを見下ろした。
「では、私は一足先にグリングランへ向かおう。待っているぞ、エルミナ」
「は、はい! ブリーゼも気をつけて……!」
バサリ、音を立ててブリーゼを乗せた銀竜が飛び立つ。
槍や剣の切っ先を思わせる鋭い銀色は、黒竜に負けず劣らずのスピードで北の空へと消えていった。
そして……
「やっぱ、聞き間違いじゃねえよな……?」
『……』
「……はい」
二度も呼ばれたら、もう誤魔化しようがない。それに……
「わたしの本当の名はエルミナ……エルミナ・クゥ・ドラゴニカです」
このひとたちには、いつか打ち明けようと思っていたことだから。
エイミは目を伏せ、ゆっくり振り向くと、仲間たちに微笑みかけた。