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ユーゴの計画としては、こうだった。
食堂でアスターを満足させてその場を穏便に済ませたら彼が出ていくのを確認して自分も後を追い、バレないように物陰でこっそり“ユーノ”に変身。改めて人気のない場所におびき寄せて戦いを挑む。
それで“勇者”と“魔王”の物語は終わる。そのはずだった。
まあ、それまでに少しばかり言葉を交わしてしまったが……
「羊の肉もあのスープも美味かった! 特に肉だ。食欲をそそるスパイスの香りに絶妙な塩気、そしてあの歯を立てた瞬間じゅわりと溢れる肉汁……ああ、思い出すだけでまたヨダレが……礼を言うぞ、ユーゴ!」
「あ、ああ……」
その結果、懐かれた。ニッコニコ笑顔でついて来るようになった。
いくら自分は正体を明かしていないからといって、この魔王チョロすぎやしないだろうかと心配してしまうほどに。
(コイツが魔王ってこと自体、聖剣の勘違いなんじゃ……)
「美味かったからこの村は滅ぼさないでいてやろう!」
(くっ、勘違いじゃなかった……というか少しは隠そうとしろこのアホ魔王!)
思わぬところでこの村の安全が保証されたのは良いが、だからといってこの魔王を放置していいはずがない。
「……アスターはどうしてこの村に?」
ひとまず、まだ警戒されていないうちに目的を聞いてみることにした。
魔王としての本当のことはわからないかもしれないが、何かしら探れる可能性はあるだろう、と。
「人を……人を探している」
「人?」
「ああ。この村を襲った魔物の群れをたった一人で倒した女だ」
「!」
背負った聖剣をチラリと振り返る。間違いなく“ユーノ”のことだ。
(脅威になるものは排除する、ということか……危ない、人懐っこさに油断するところだった)
いくらなんでもこの場で正体がバレるようなことはないとは思うが……
早鐘を打つ鼓動や強張る体をどうにか抑え込み、なるべく平静を装うユーゴ。
「その女性と会って、どうするんだ?」
「それは……」
尋ねられ、アスターは一旦ユーゴから視線を外し、顎に手を置く。
「……俺様は強い奴が好きだ。単純に戦ってみたい。そう思うが……」
「思うが?」
「自分でもよくわからん。あんな美しい娘……名前も知らぬ“青藍の君”……」
「せ、青藍の君!?」
ああ、と頷いて目を閉じ、記憶を手繰り寄せるアスター。
「透き通るような白い肌、剣など握ったこともないような細腕。戦う者に似合わぬヒラヒラの服も動きに映えて綺麗だった。そして闇夜に煌めく銀色の瞳と、何より印象に残ったのは艷やかでふわふわな青藍の髪だ。月の女神が舞い降りたのかと思ったぞ」
「へ、へぇー……」
うっとりと語るアスターに、その女の正体が目の前の髭を生やしたおっさんだと知ったらどうなるんだろうかと考える聖剣。
ユーゴはというと、自分のようで自分でない“ユーノ”をそんな風に言われると、なんとも妙な心地になっていた。
と、アスターがユーゴを振り返り、まじまじと見つめる。
「ああ、そういえばユーゴの髪の色もあの女と同じだな」
「えっ」
「それに目もだ。もっと近くで見せろ」
「う、うわっ!」
言うが早いか、褐色の腕がぐいと伸びてきて強引にユーゴを引き寄せた。
金と銀、互いの視線がかち合う。
「……ふむ」
「近い近いっ! わ、私なんか見ても何もわからないだろう!?」
「まあそうだが……案外可愛い反応をするな、ユーゴ」
「へ?」
ユーゴの後ろに回された腕が緩み、ゆっくりと離れる。
最後にふわりと青藍の髪に触れ、アスターは悪戯っ子のように笑った。
ユーゴが己の顔の熱さに気づいたのは、その直後。
「か、からかうな!」
「悪かったな。そんなに怒るな」
「まったく……私はもう村を発つ。これでお別れだ」
「……そうか」
これ以上一緒にいる必要はないと慌てて歩き出したユーゴの背後で残念そうな声が聴こえ、振り返る。
「……“青藍の君”じゃない。ユーノだ」
「なに?」
「彼女に助けられた村人が言っていた。私も同じ色なのに、そう呼ばれたら落ち着かん」
伏し目がちなユーゴの横顔。アスターには一瞬、何故かあの夜のユーノのそれと重なって見えた。
「ユーゴ……」
「じゃ、じゃあな!」
今度こそ去っていくユーゴに、ぽつんと取り残されるアスター。
「ユーゴ、ユーノ……名前も似ているな……」
アスターは己の手に視線を落とし、呟く。
その手は、指は、つい先刻触れた髪の感触を、しっかりと覚えていた。
「また、逢えるだろうか……」
ぽつりとこぼれたそれは、はたしてどちらに対しての言葉なのか。
食堂でアスターを満足させてその場を穏便に済ませたら彼が出ていくのを確認して自分も後を追い、バレないように物陰でこっそり“ユーノ”に変身。改めて人気のない場所におびき寄せて戦いを挑む。
それで“勇者”と“魔王”の物語は終わる。そのはずだった。
まあ、それまでに少しばかり言葉を交わしてしまったが……
「羊の肉もあのスープも美味かった! 特に肉だ。食欲をそそるスパイスの香りに絶妙な塩気、そしてあの歯を立てた瞬間じゅわりと溢れる肉汁……ああ、思い出すだけでまたヨダレが……礼を言うぞ、ユーゴ!」
「あ、ああ……」
その結果、懐かれた。ニッコニコ笑顔でついて来るようになった。
いくら自分は正体を明かしていないからといって、この魔王チョロすぎやしないだろうかと心配してしまうほどに。
(コイツが魔王ってこと自体、聖剣の勘違いなんじゃ……)
「美味かったからこの村は滅ぼさないでいてやろう!」
(くっ、勘違いじゃなかった……というか少しは隠そうとしろこのアホ魔王!)
思わぬところでこの村の安全が保証されたのは良いが、だからといってこの魔王を放置していいはずがない。
「……アスターはどうしてこの村に?」
ひとまず、まだ警戒されていないうちに目的を聞いてみることにした。
魔王としての本当のことはわからないかもしれないが、何かしら探れる可能性はあるだろう、と。
「人を……人を探している」
「人?」
「ああ。この村を襲った魔物の群れをたった一人で倒した女だ」
「!」
背負った聖剣をチラリと振り返る。間違いなく“ユーノ”のことだ。
(脅威になるものは排除する、ということか……危ない、人懐っこさに油断するところだった)
いくらなんでもこの場で正体がバレるようなことはないとは思うが……
早鐘を打つ鼓動や強張る体をどうにか抑え込み、なるべく平静を装うユーゴ。
「その女性と会って、どうするんだ?」
「それは……」
尋ねられ、アスターは一旦ユーゴから視線を外し、顎に手を置く。
「……俺様は強い奴が好きだ。単純に戦ってみたい。そう思うが……」
「思うが?」
「自分でもよくわからん。あんな美しい娘……名前も知らぬ“青藍の君”……」
「せ、青藍の君!?」
ああ、と頷いて目を閉じ、記憶を手繰り寄せるアスター。
「透き通るような白い肌、剣など握ったこともないような細腕。戦う者に似合わぬヒラヒラの服も動きに映えて綺麗だった。そして闇夜に煌めく銀色の瞳と、何より印象に残ったのは艷やかでふわふわな青藍の髪だ。月の女神が舞い降りたのかと思ったぞ」
「へ、へぇー……」
うっとりと語るアスターに、その女の正体が目の前の髭を生やしたおっさんだと知ったらどうなるんだろうかと考える聖剣。
ユーゴはというと、自分のようで自分でない“ユーノ”をそんな風に言われると、なんとも妙な心地になっていた。
と、アスターがユーゴを振り返り、まじまじと見つめる。
「ああ、そういえばユーゴの髪の色もあの女と同じだな」
「えっ」
「それに目もだ。もっと近くで見せろ」
「う、うわっ!」
言うが早いか、褐色の腕がぐいと伸びてきて強引にユーゴを引き寄せた。
金と銀、互いの視線がかち合う。
「……ふむ」
「近い近いっ! わ、私なんか見ても何もわからないだろう!?」
「まあそうだが……案外可愛い反応をするな、ユーゴ」
「へ?」
ユーゴの後ろに回された腕が緩み、ゆっくりと離れる。
最後にふわりと青藍の髪に触れ、アスターは悪戯っ子のように笑った。
ユーゴが己の顔の熱さに気づいたのは、その直後。
「か、からかうな!」
「悪かったな。そんなに怒るな」
「まったく……私はもう村を発つ。これでお別れだ」
「……そうか」
これ以上一緒にいる必要はないと慌てて歩き出したユーゴの背後で残念そうな声が聴こえ、振り返る。
「……“青藍の君”じゃない。ユーノだ」
「なに?」
「彼女に助けられた村人が言っていた。私も同じ色なのに、そう呼ばれたら落ち着かん」
伏し目がちなユーゴの横顔。アスターには一瞬、何故かあの夜のユーノのそれと重なって見えた。
「ユーゴ……」
「じゃ、じゃあな!」
今度こそ去っていくユーゴに、ぽつんと取り残されるアスター。
「ユーゴ、ユーノ……名前も似ているな……」
アスターは己の手に視線を落とし、呟く。
その手は、指は、つい先刻触れた髪の感触を、しっかりと覚えていた。
「また、逢えるだろうか……」
ぽつりとこぼれたそれは、はたしてどちらに対しての言葉なのか。