「あっ、お客さん! 良かったー戻ってきた!」
「どうも、騒がせてしまってすみません」

 食堂に戻ると店主はユーゴの席をそのままの状態にして待ってくれていた。
 あとほんのひとくち程度の量だが、あれだけの騒動の後、改めて座って食べられるのはやはりありがたい。

『まったく、とんだ大騒ぎだ。我はさらわれるヒロイン役ではないのだがな』

 反応したら負けだ。
 心の中でそう唱えながら、ユーゴは残ったパンをかじる。
 表面は噛みごたえがあり、中はふんわりしたパンは口のに入れるとほんのりした塩味と共に小麦の香りが広がった。

『……む?』
「どうした?」
『やはり妙だな……魔王の気配が近づいてくる』

 つい先日も、聖剣は同じことを言っていた。
 こんな小さな村に、そして今は魔物がいるわけでもないのに、その親玉が来ているとは考えにくいだろう。

「壊れているんじゃないか?」
『ひとを、いや聖剣をオモチャか何かみたいに言うんじゃない! さすがに二度目は気のせいではないぞ……!』

 やかましく喚く聖剣の言い分が確かなら、滅ぼし損ねた村を今度は自らの手で……ということだろうか。
 ユーゴは最後のひとくちを口に放り込むと、周囲を警戒する。
 もしも魔王と一戦交えるのなら、この村を再び戦場にはしたくない。

「気配はどこからだ? 外に出て待ち伏せを……」
『いや、遅い』
「え?」

 次の瞬間、ずかずかと無遠慮な足音を立て、

「腹が減った!」

 食堂の扉を思いっきり開け放ち、赤髪の男が入ってきた。

「な……」
『あ、あれだ、あの男だユーゴ!』

 黒を基調とした旅人風の服装、後ろで括った長い髪。
 肌はこの辺りでは珍しい褐色で、黄金色の鋭い眼はギラギラとしている。

(あれが、魔王……?)

 恐らく人間に化けているのだろうか、特に目立って人間離れした容姿ではなかった。

『早く変身してヤツを倒せ!』
「こ、こんなところであの姿になれるか!」

 食堂内では店主の他にも朝食をとっている者が数人………先程の泥棒騒ぎの前より増えているようだ。
 加えて隠れられるような場所もなく、あったとしても急に隠れるのは不自然極まりない。

「……少し様子を見た方がいい。人の多いここで下手に刺激しても被害が増えることになりかねん」
『む、一理あるか……』

 店主や他の客は「変わった人が来たなあ」くらいの認識だが、ユーゴと聖剣の間には緊張が走る。
 そして店内に入ってきた男は真っ直ぐカウンターへ向かい……

「ここに座るか」

 他にも空席があるにも関わらず、よりにもよってユーゴの隣にどっかりと腰掛けた。

「えっ」
「ん?」
「ど、どうして私の隣に……?」
「何故か殺気を感じたからな!」

 しまった。意識しすぎたか。
 うまくすればこの場はやり過ごせるのに、自分が火種になってどうする。ユーゴは内心で舌打ちをした。
 何もやらかさないうちは、この男はただの旅人なのだ、と。

「……それは失礼。一瞬知り合いに重なって見えてしまってな」
「? まあいい。俺様はアスターだ。貴様、名は?」
「ユーゴ……」
「そうか、ユーゴ。ここの美味いものを教えろ」

 どうにか誤魔化せたことに胸を撫でおろしながら、アスターの好みを考える。
 ユーゴにはモーニングセットで丁度良かったが、見たところアスターは若者だ。気性の荒そうな雰囲気といい、やはり豪快に肉とか食べるんだろうか……と。

「そういえば昨夜食べた羊肉の香草焼きも美味かったな……」
「む、ならそれをくれ! 金はこれで足りるか?」
「私は店主じゃ……」

 どん、と音を立ててテーブルに置かれた革袋の中身を見るなり、ユーゴの言葉が止まった。
 袋に詰まっていた金貨には角の生えた骸骨が刻印されており、どう見てもここで使える通貨ではなかったのだ。

(ま、魔界は金も禍々しいんだな……)

 荒立てない、荒立てないと己に言い聞かせ、ユーゴは金貨を一枚手に取る。

「魔……が、外国の金か? あいにくここでは使えないな」
「な、なんだと!?」
「だが、そうだな……溶かして売ったらいくらかにはなるだろう。ここの勘定ならこんなには要らないと思うぞ」

 ユーゴは片手を挙げ、離れていた店主を呼ぶと、自分の財布を取り出した。

「彼に羊の香草焼きとパンとスープのセットを。あと私はコーヒーを一杯追加で」
「ユーゴ?」
「今回は私が支払う。その金貨と交換でいいだろう」

 ぱあっと、嬉しそうに輝く黄金の瞳。
 それがあまりにも眩しくて、そして立て掛けて置いた聖剣からも不服そうな視線らしきものが感じられて、

(おかしなことになったもんだな……)

 勇者が魔王に朝食を奢るなんて。
 やれやれとユーゴが苦笑いする頃には、食堂はいつもの穏やかさを取り戻していた。
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