ふわふわと、腰まである長い髪は先端をゆるく括っていて、彼女が動く度に波打つように揺れた。
 艷やかな青藍はまるで大海。戦うにはやや華美な服装も、無駄のない優雅な動きも、舞う鮮血すらも。全てが彼女の美しさを引き立てるように映る。
 僅かに振り返り見せた瞳は銀色に煌めいて、どんな価値ある宝石よりも人々を魅了するだろう。

「ああ……」

 瞼の裏に焼きつき、一瞬にして己の心を奪った光景を思い返しながら、何度目かの溜息を吐く男がいた。

「どこにいるのだ、青藍の君……」

 名前までは聞き取れなかった男は、その時の彼女をそう呼ぶことにした。

「俺様と戦え、青藍の君。戦って、この俺の心をさらに震わせてみろ。そして、倒した暁には……ククク……ふふふふふ、ハァーッハッハッハッ!」
「ママーあのお兄ちゃんこわーい」
「シッ!」

 悪役の定番、三段笑いも高らかな男の名はアストルム。
 まだ目覚めたばかりで、これから人間界を侵略し、支配するであろう魔王。

 今は先日たまたま見かけた“青藍の君”……勇者ユーノを探すべく人間に化け、お忍びで人々に紛れていたのである。

 ほんの少し抑え目な格好をして、尖った耳や額の石を隠した程度で、紛れ込めているかどうかはさておき。





「むぅー……」

 宿屋の一室にて、全身鏡を覗きこみ、可愛らしい唇を尖らせながら唸る美女がひとり。
 くる、くるりと全身を確かめ不満顔。淑やかな雰囲気に似合わず、その手には一振りの剣が握られていた。

『なんだ、用もないのに変身して鏡など見て……案外その姿が気に入っているのではないか?』
「誰がだ。一応慣れておかないと困るだろうと思っただけだ。しかし、これは……」

 スタイル抜群の体を包む衣装は彼女……ユーノが動けば淡い桃色のスカートが柔らかに踊る。長さが揃っていないそれは後ろは足首近くまであるが前方はミニ丈で、長い白ブーツとの隙間に見える黒タイツの太腿が妙に趣味的だと思った。

「長旅にはまず向かない格好だな。戦うにもだが」
『変身している間のコスチュームだから良いのだ。いくらボロボロになろうと変身する度に元通りだしな』
「そこは便利と言えば便利なんだが……」

 鏡に映る美女は顔をしかめても魅力的で、心からの微笑みなんて見せた日には周りを虜にしてしまうだろう。
 そんなユーノが眉間にシワを寄せ、うんうん唸っている。

『どうかしたのか?』
「言いたいことなら山ほどあるが……元は私なのに随分な美人になったな、と」
『何を言う? 原形をとどめない女体化など意味がない。元があってのその姿だぞ』

 たとえば、と語り始める聖剣の、柄に飾られた宝玉がキラリと光る。

『髪は色だけでなくゆるふわ癖毛もそのままだしタレ目なのは同じだ。もともとの色白を活かし肌は美白、歳の割にスラリと均整のとれた体はナイスなバディに変換されている! そう、貴様は意外と素材が良』

 がしゃん。
 ユーゴは聖剣を床に放り捨てた。

『雑に扱うな、聖剣を!』
「窓から投げ捨てなかっただけありがたく思え!」

 柄から手を放したことで、美女は本来の男の姿に戻る。
 派手さのない旅人然とした格好の、無精髭を少し整えた三十七歳の男へと。

「早く魔王を倒さねば……」
『おっ、やる気だな!』
「変態魔剣から解放されたいだけだ!」

 そう言い放ち、顔を背けるとユーゴは特大の溜息を吐き出す。
 この聖剣を名乗る変態からは一刻も早く解放されたいが魔王が現れた世界を放っておくことはできない彼は、さっさと魔王を倒すことにしたのだった。
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