近くの村に辿り着いたユーゴは真っ先に武器屋へ向かい、聖剣を納める鞘と背中に固定するためのベルトを購入した。
 他にも必要なものを買い揃えると強い疲労感に襲われて、宿に着くなりふかふかのベッドに倒れ伏す。

「とんだ厄日だったな……」
『おいユーゴ。それでは我と出逢ったことが厄のようではないか』
「ようだも何もそうなんだが?」

 ここまでの道のりでもこの尊大でおしゃべりな剣に振り回され、体も瞼も沈んでいくように重たくて、ユーゴはこのまま意識を手放そうとした。

 その、瞬間だった。

「魔物の群れだーーーー!」
「きゃあああああっ!」

 平和で静かな村に走る緊張に、当然眠気も気怠さもまるごと吹っ飛ぶ。

『ユーゴ!』
「わかっているっ!」

 ふざけた空気もどこへやら、短いやりとりの間に跳ね起きたユーゴは聖剣を抜き、弾かれるように外へと飛び出した。
 柄を握ればまた美女の姿になってしまうが、緊急時にそんなことを気にしてなどいられない。

「やはり体が軽い……聖剣の加護とやらは本物のようだな」
『ふん、当然だ』

 辺りに視線を配りながら、剣を構えるユーゴ。
 住民は大半が屋内に避難し終えたようだが、まだ何人か逃げ遅れているようだ。
 魔物は成人男性より背の低い、棍棒や尖った石で作った斧を持った鬼たち。戦闘能力は低く一匹では大したことがないが、今は群れを成しているため少しばかり厄介だ。

「そこっ!」

 タン、と地を蹴って一気に距離を詰め、身構える間も与えず勢いに乗せてまずは一匹切り払う。

「今のうちに早く逃げるんだ!」
「は、はい!」

 無事に建物の中へ逃げていく後ろ姿を見送り、小さく溜息を零すと、ユーゴは表情を引き締めた。

『早速使いこなしているな。なかなかやるではないか』
「やかましい。早く終わらせるぞ」

 村のためにも、そして自分のためにも。
 聖剣の加護により底上げされた能力の前に、魔物はあっという間にその数を減らし……



 そして、最後の一匹も難無く仕留める。
 尻餅をついた村人が呆然とユーゴを見上げ、呟いた。

「女神様……」

 ぴく、とユーゴの頬が引き攣る。
 いくら美人で見事なプロポーションをしていても、中身は三十七の男なんだぞ、とツッコみたいのを必死におさえ、

「女神なんて大層なものではありません。ただの通りすがりの旅人ですよ」

 まあ嘘は言っていないだろう、ぐらいの誤魔化しを返した。

「けれども村に旅人なんて……ああ、そういえばちょうど一人宿屋に滞在しておりましたが、姿を見ませんね」
「……きっと無事に避難しているのでしょう。それでは私はこれで」

 まさかその旅人が自分だなんて言えるはずがない。
 ボロが出る前に早く立ち去り、どこかの物陰で聖剣を鞘に戻そう。そう思っていたユーゴだったが……

「あ!」
「えっ!?」

 急に大声をあげた村人に、薄い肩がぎくりと上がった。

「な、なにか……?」
「助けてくださりありがとうございます。あの……貴女のお名前は……」

 名前。
 そうだ、この美女の姿でそのままユーゴと名乗る訳にはいかない。
 ユーゴが聖剣に視線を落とすと、目鼻などないのにニヤニヤしているような気配がした。

「……ったく」

 小さく吐き捨てると、すぐに気を取り直して村人に微笑みかけるユーゴ。

「私の名前は……ユー……そう、ユーノといいます!」
「ユーノ、さん?」

 それ以上の追及は許さず、それでは、と足早に逃げるように去っていく美女をぽかんと見つめる村人。

 こうして、旅人ユーゴ改め勇者ユーノの旅が幕を開けるのだった。
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