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ユーゴは元の姿に戻ると手早く買い物をしてからシオン達のもとにひょっこり顔を見せた。
「シオン、どこに行っていたんだ? 買い出しならもう終わったぞ」
そんな、シオンからしてみれば白々しいセリフつきで。
(魔王サマにあの女のコの正体このオジサンですって言っても信じないだろうなぁ……しかもたぶん惚れちゃって……ああもう、めんどくさいことにー!)
ちらりとユーゴを覗えば「話を合わせろ」と口の動きだけで。
ひとまずここはうまく誤魔化しておいた方がいいだろう。
「あーあー、僕ってば荷物持ちでついて来たのに道間違えちゃってドジだなぁー。ユーゴさん、それ半分持つよー!」
「すまないなー助かるぞー」
『棒読み加減が酷いな……』
聖剣も呆れさせるほどの大根役者っぷりを披露して、何事もなく宿に戻ることにした。
宿屋の台所を借りて、エプロン姿で並んで立つ男ふたり。
今度こそ手伝うつもりのシオンだったが、ユーゴの手際が思いのほか良くて驚きに目を丸くした。
黙っていれば彫刻みたいな美形なのにな、とユーゴが笑う。
「ユーゴさん、料理上手なんだねえ。僕手伝えることあんまないじゃん」
「そんなことはない。皮むきとか、皿を運んでくれるだけでもだいぶ違う。今日は量が多いから、さすがに全部一人ではな」
微笑むユーゴの傍らには、すぐに取れる位置に立て掛けられた一振りの聖剣。シオンはそれを一瞥し、口を開いた。
「……うちの坊っちゃんのこと、どういうつもりで世話焼いてくれてるの?」
「さてな。彼が魔王で人間を滅ぼすというなら容赦はしない、が……今はそのつもりはないしな。デカい子供を見ているようで、ほっとけないのは事実だ」
「デカい子供ね……まあ、その通りなんだケド」
あの無垢とも言える子供と戦わずに済むならそれに越したことはない。
トントンと野菜を切る音だけが響く無言の間で、ユーゴの瞳はそう語っていた。
「いろいろ聞きたいことはあるんだけどさ、ユーノちゃんだっけ? なんであんな綺麗なおねーサンになったの?」
「それは、えーと……私の意思じゃない、とだけ……」
「なにそれ逆に気になる」
首を突っ込もうとしたシオンに差し出されたのは綺麗に盛りつけられたサラダの皿。
話はここで終わりだ、という合図を受け取るとシオンは渋々踵を返す。
(デカい子供……そう、子供なんだ。まさかユーノちゃんに恋してるかもしれないだなんて、まだわからないんだよね)
全てはまだ、様子見の段階だ。
お互い、魔王の出方次第。場合によってはあっさりと崩れるだろう薄氷の休戦状態。
(どう転ぶかわからないこの状況で話すのは得策じゃないかなあ。ユーゴさんと同じく、しばらくは様子見で……)
サラダに視線を落としながらぼんやり考えていたシオンの視界に、フッと影が落ちる。
「なんだ、二人とも随分仲良くなったな」
「うひゃっ! 魔お……坊っちゃん!」
影の持ち主は様子を見に来たアスターだった。遅いからなどと言われても、それなりの量を作っているからなのだが。
「二人で楽しそうだな……ひとりで待つのは寂しいぞ」
不満そうに唇を尖らせ、むくれる大きな子供にしょんぼりした犬の耳や尻尾が見えて、これが本当に先程圧倒的な強さを振りかざした魔王なのだろうかと疑いたくなる。
ユーゴの口から、微笑み混じりの小さな溜息が零れた。
「もうちょっとでできるから待っていてくれ、アスター」
優しく、慈しむような眼差しと声。調理中でなければ、ぽんぽんと頭を撫でていそうな……完全に保護者のそれだなぁとシオンが苦笑する。
「少ししたら行くから、こっちの皿も運んでくれると助かる」
「わかった。すぐ来るんだぞ!」
ぱぁっと嬉しそうに笑顔を輝かせて、皿を持って出ていくアスターの背はユーゴより頭ひとつぶん近く大柄だというのにやはり子供のようで。
「ああもストレートに好意向けられたらねぇ。やっぱユーゴさんいい人じゃん」
「う、うるさい」
「あはは。じゃあ僕もこれ運んでくるよー」
へらりと笑って主の後を追う従者。その気配が完全に消えた頃、ユーゴは大きく息を吐いた。
『お人好しに人たらしも勇者の素質、か』
「何か言ったか?」
『いいや』
首を傾げるユーゴに、またすぐシオンが戻ってくるだろうからと、聖剣は再び黙ってしまう。
少しずつ、だが確実に……長年見てきた“勇者”と“魔王”の、新たな可能性が生まれようとしていることを感じながら。
「よし、できたぞ。口に合うといいんだがな」
『お前、楽しそうだな……』
三人分に加えて多めに作られたユーゴの手料理は、その大半がアスターの胃袋に納まることになる。
朝からよくそんなに食えるな、と呆れ気味ながら、ユーゴの口許は嬉しそうに緩んでいた。
「シオン、どこに行っていたんだ? 買い出しならもう終わったぞ」
そんな、シオンからしてみれば白々しいセリフつきで。
(魔王サマにあの女のコの正体このオジサンですって言っても信じないだろうなぁ……しかもたぶん惚れちゃって……ああもう、めんどくさいことにー!)
ちらりとユーゴを覗えば「話を合わせろ」と口の動きだけで。
ひとまずここはうまく誤魔化しておいた方がいいだろう。
「あーあー、僕ってば荷物持ちでついて来たのに道間違えちゃってドジだなぁー。ユーゴさん、それ半分持つよー!」
「すまないなー助かるぞー」
『棒読み加減が酷いな……』
聖剣も呆れさせるほどの大根役者っぷりを披露して、何事もなく宿に戻ることにした。
宿屋の台所を借りて、エプロン姿で並んで立つ男ふたり。
今度こそ手伝うつもりのシオンだったが、ユーゴの手際が思いのほか良くて驚きに目を丸くした。
黙っていれば彫刻みたいな美形なのにな、とユーゴが笑う。
「ユーゴさん、料理上手なんだねえ。僕手伝えることあんまないじゃん」
「そんなことはない。皮むきとか、皿を運んでくれるだけでもだいぶ違う。今日は量が多いから、さすがに全部一人ではな」
微笑むユーゴの傍らには、すぐに取れる位置に立て掛けられた一振りの聖剣。シオンはそれを一瞥し、口を開いた。
「……うちの坊っちゃんのこと、どういうつもりで世話焼いてくれてるの?」
「さてな。彼が魔王で人間を滅ぼすというなら容赦はしない、が……今はそのつもりはないしな。デカい子供を見ているようで、ほっとけないのは事実だ」
「デカい子供ね……まあ、その通りなんだケド」
あの無垢とも言える子供と戦わずに済むならそれに越したことはない。
トントンと野菜を切る音だけが響く無言の間で、ユーゴの瞳はそう語っていた。
「いろいろ聞きたいことはあるんだけどさ、ユーノちゃんだっけ? なんであんな綺麗なおねーサンになったの?」
「それは、えーと……私の意思じゃない、とだけ……」
「なにそれ逆に気になる」
首を突っ込もうとしたシオンに差し出されたのは綺麗に盛りつけられたサラダの皿。
話はここで終わりだ、という合図を受け取るとシオンは渋々踵を返す。
(デカい子供……そう、子供なんだ。まさかユーノちゃんに恋してるかもしれないだなんて、まだわからないんだよね)
全てはまだ、様子見の段階だ。
お互い、魔王の出方次第。場合によってはあっさりと崩れるだろう薄氷の休戦状態。
(どう転ぶかわからないこの状況で話すのは得策じゃないかなあ。ユーゴさんと同じく、しばらくは様子見で……)
サラダに視線を落としながらぼんやり考えていたシオンの視界に、フッと影が落ちる。
「なんだ、二人とも随分仲良くなったな」
「うひゃっ! 魔お……坊っちゃん!」
影の持ち主は様子を見に来たアスターだった。遅いからなどと言われても、それなりの量を作っているからなのだが。
「二人で楽しそうだな……ひとりで待つのは寂しいぞ」
不満そうに唇を尖らせ、むくれる大きな子供にしょんぼりした犬の耳や尻尾が見えて、これが本当に先程圧倒的な強さを振りかざした魔王なのだろうかと疑いたくなる。
ユーゴの口から、微笑み混じりの小さな溜息が零れた。
「もうちょっとでできるから待っていてくれ、アスター」
優しく、慈しむような眼差しと声。調理中でなければ、ぽんぽんと頭を撫でていそうな……完全に保護者のそれだなぁとシオンが苦笑する。
「少ししたら行くから、こっちの皿も運んでくれると助かる」
「わかった。すぐ来るんだぞ!」
ぱぁっと嬉しそうに笑顔を輝かせて、皿を持って出ていくアスターの背はユーゴより頭ひとつぶん近く大柄だというのにやはり子供のようで。
「ああもストレートに好意向けられたらねぇ。やっぱユーゴさんいい人じゃん」
「う、うるさい」
「あはは。じゃあ僕もこれ運んでくるよー」
へらりと笑って主の後を追う従者。その気配が完全に消えた頃、ユーゴは大きく息を吐いた。
『お人好しに人たらしも勇者の素質、か』
「何か言ったか?」
『いいや』
首を傾げるユーゴに、またすぐシオンが戻ってくるだろうからと、聖剣は再び黙ってしまう。
少しずつ、だが確実に……長年見てきた“勇者”と“魔王”の、新たな可能性が生まれようとしていることを感じながら。
「よし、できたぞ。口に合うといいんだがな」
『お前、楽しそうだな……』
三人分に加えて多めに作られたユーゴの手料理は、その大半がアスターの胃袋に納まることになる。
朝からよくそんなに食えるな、と呆れ気味ながら、ユーゴの口許は嬉しそうに緩んでいた。
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