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今の勇者の活躍より、時間は少し遡る。
二十年ほど前に現れた魔王を勇者が倒し、人々がしばらくの平和を享受していた世界。
しかし、平穏は突然に終わりを告げた。
魔界に新たな魔王が誕生したという噂が広まると同時にある魔物は凶暴性を増し、また別の魔物は知恵を得て……厄介になって人々を襲うようになった話を各地で聞くようになったのだ。
これは恐らく魔王が人間界を侵略する前触れに違いない。
魔王が現れたのなら、勇者は?
たったひとり戦って静かに姿を消したという、誰もが明確にその実態を知らない『勇者』。
夢幻のようなあやふやな存在の出現に、力なき人々は縋り始めた。
「なんだか不思議な場所に来たな……」
旅人は辺りを見回し、ぽつりとこぼす。
ぼろぼろの古い石柱に囲まれた中心に、地下への入口。どうやら遺跡のようだが、妙に意味ありげな場所だ、と。
肩までのゆるくうねる青藍の髪を掻き、薄く髭を生やした顎にもう片方の手を置いて、旅の男はその入口を見つめる。
スッと、月白のタレ目を鋭く細めた。
(不思議な……そう、まるで引き寄せられるようだった。ここは一体……?)
ぐるりと囲む石柱は、入口を守るみたいに佇んでおり、よく見れば上部には宝石らしき物が埋め込まれている。
(……まあいい。入ってみるか)
旅人の足はそう思うよりも先に、我知らずそこへと向かっていた。
彼をすんなりと受け入れた遺跡は昼間でありながら暗く、旅人は愛用の魔法石のランタンに光を入れた。
ところどころ崩れた足元に気をつけながら進むと、奥にはぽつんと台座がひとつ。
「これは……」
旅人は一瞬言葉を失った。寂れた遺跡の中でひとつ、台座に刺さった一振りの剣……それだけが、時の流れを忘れたように輝いていたから。
刃こぼれひとつない白銀の刀身。柄や刃に施された金の装飾も見事で、ひと目で名剣とわかるだろう見た目。
「すごいな……名のある剣だろうか」
『名もありまくりだ。聖剣だからな』
「!」
独り言に返事がきたような気がして、旅人はきょろきょろと周りを確認した。
察知能力にはそれなりに自信がある。ここまで人の気配はなかったはずだ。
「気のせい……にしてはやけにハッキリと聴こえたような」
『ここに導かれて来るだけではなく我の声を聴くことができるとは……』
「だ、誰だ! どこにいる!?」
その声はどう考えても旅人の目の前……台座に刺さった剣から聴こえている。
しかも喋る度に柄に飾られた見事な宝玉がご丁寧にも声にあわせて光を明滅させているのだから、そう考えるのが自然ということになるだろう。
『まぁた男かぁ……』
旅人があれやこれやと巡らせていた思考は、剣からの盛大な溜息に遮られた。
「……はぁ?」
『まあいい。お前、名前は?』
「いや待て。私は疲れているのか……? 剣が喋っているように見えるが……」
『ように見えるも何もそうだ。安心しろ、お前は正常だ。普通なら有り得んことだが、我は伝説の聖剣。そこらの剣とはわけが違うからな!』
太く張りのある男の声が尊大に言う。人間ならばきっと偉そうにふんぞり返り、胸板をどんと叩いていることだろう。
「せ、聖剣っ?」
『我は名乗ったぞ。さあお前も名乗るがよい』
「……ユ、ユーゴだ。確かにこんな場所に不釣り合いな立派な剣があると思ったが……」
『ふむ、ユーゴよ。さっそく我を抜け。その資質、試してやろう』
寂れた遺跡の奥で、聖剣を抜けと。
(そんな、物語の“勇者”みたいな……)
歳と経験を重ねただけあって腕に覚えはあるが、華もなければ目立つ風体ではなく地味な人生を送ってきた三十七歳の旅人。
この剣を抜けば、そんな人生が大きく変わるだろう予感と緊張感にユーゴがごくりと喉を鳴らした。
ユーゴが柄に手をかけ、ゆっくりと剣を引き抜くと……
「――ッ!」
薄暗かった遺跡内が、彼が思わず目を瞑るほどのまばゆい光に包まれたのだった。
二十年ほど前に現れた魔王を勇者が倒し、人々がしばらくの平和を享受していた世界。
しかし、平穏は突然に終わりを告げた。
魔界に新たな魔王が誕生したという噂が広まると同時にある魔物は凶暴性を増し、また別の魔物は知恵を得て……厄介になって人々を襲うようになった話を各地で聞くようになったのだ。
これは恐らく魔王が人間界を侵略する前触れに違いない。
魔王が現れたのなら、勇者は?
たったひとり戦って静かに姿を消したという、誰もが明確にその実態を知らない『勇者』。
夢幻のようなあやふやな存在の出現に、力なき人々は縋り始めた。
「なんだか不思議な場所に来たな……」
旅人は辺りを見回し、ぽつりとこぼす。
ぼろぼろの古い石柱に囲まれた中心に、地下への入口。どうやら遺跡のようだが、妙に意味ありげな場所だ、と。
肩までのゆるくうねる青藍の髪を掻き、薄く髭を生やした顎にもう片方の手を置いて、旅の男はその入口を見つめる。
スッと、月白のタレ目を鋭く細めた。
(不思議な……そう、まるで引き寄せられるようだった。ここは一体……?)
ぐるりと囲む石柱は、入口を守るみたいに佇んでおり、よく見れば上部には宝石らしき物が埋め込まれている。
(……まあいい。入ってみるか)
旅人の足はそう思うよりも先に、我知らずそこへと向かっていた。
彼をすんなりと受け入れた遺跡は昼間でありながら暗く、旅人は愛用の魔法石のランタンに光を入れた。
ところどころ崩れた足元に気をつけながら進むと、奥にはぽつんと台座がひとつ。
「これは……」
旅人は一瞬言葉を失った。寂れた遺跡の中でひとつ、台座に刺さった一振りの剣……それだけが、時の流れを忘れたように輝いていたから。
刃こぼれひとつない白銀の刀身。柄や刃に施された金の装飾も見事で、ひと目で名剣とわかるだろう見た目。
「すごいな……名のある剣だろうか」
『名もありまくりだ。聖剣だからな』
「!」
独り言に返事がきたような気がして、旅人はきょろきょろと周りを確認した。
察知能力にはそれなりに自信がある。ここまで人の気配はなかったはずだ。
「気のせい……にしてはやけにハッキリと聴こえたような」
『ここに導かれて来るだけではなく我の声を聴くことができるとは……』
「だ、誰だ! どこにいる!?」
その声はどう考えても旅人の目の前……台座に刺さった剣から聴こえている。
しかも喋る度に柄に飾られた見事な宝玉がご丁寧にも声にあわせて光を明滅させているのだから、そう考えるのが自然ということになるだろう。
『まぁた男かぁ……』
旅人があれやこれやと巡らせていた思考は、剣からの盛大な溜息に遮られた。
「……はぁ?」
『まあいい。お前、名前は?』
「いや待て。私は疲れているのか……? 剣が喋っているように見えるが……」
『ように見えるも何もそうだ。安心しろ、お前は正常だ。普通なら有り得んことだが、我は伝説の聖剣。そこらの剣とはわけが違うからな!』
太く張りのある男の声が尊大に言う。人間ならばきっと偉そうにふんぞり返り、胸板をどんと叩いていることだろう。
「せ、聖剣っ?」
『我は名乗ったぞ。さあお前も名乗るがよい』
「……ユ、ユーゴだ。確かにこんな場所に不釣り合いな立派な剣があると思ったが……」
『ふむ、ユーゴよ。さっそく我を抜け。その資質、試してやろう』
寂れた遺跡の奥で、聖剣を抜けと。
(そんな、物語の“勇者”みたいな……)
歳と経験を重ねただけあって腕に覚えはあるが、華もなければ目立つ風体ではなく地味な人生を送ってきた三十七歳の旅人。
この剣を抜けば、そんな人生が大きく変わるだろう予感と緊張感にユーゴがごくりと喉を鳴らした。
ユーゴが柄に手をかけ、ゆっくりと剣を引き抜くと……
「――ッ!」
薄暗かった遺跡内が、彼が思わず目を瞑るほどのまばゆい光に包まれたのだった。