城下町の賑わいから離れた、外れにある墓地。
 朝早く、ただでさえ普段静かなそこは、いつになく騒がしくなっていた。

「お、思い出した……確かシオンに見つめられて、気が遠くなって……」
『危うくエロ同人誌みたいな展開で殺されるところだったぞ。我の加護に感謝するのだな』
「えろど……? よくわからんが催眠の類か!」

 と、ユーノの方は状況を把握するなり切り替えて剣を構えることができたのだが、

「いや待って? なんで平然としてるの? 僕がおかしいの?」
「悪いがこっちはさすがに慣れた。初めてじゃないんでな」
「慣れちゃったの!?」

 初見の反応としてはシオンが正しいだろう。だがユーゴからしてみればこの姿になるのは数回目だし、慣れるために一度鏡の前で変身してもみたのだ。
 もう動揺している場合ではないし、それが命を狙う敵の前ならなおさらである。

「はぁっ!」
「うひゃあ!?」

 なんの躊躇もなく踏み込み、勢いをつけて剣を振り抜く。
 シオンが常人ならざる反応速度で上体を反らしていなければ、今頃地面には彼の首が転がっていただろう一撃。
 動作の余韻で、フィッシュテールのスカートがふわりと舞い上がる。

「ちっ、外したか……」
「えっ怖……容赦なさすぎない?」
「先に仕掛けてきたのはそちらだろう。それに何より……この姿を見られた」

 優雅な見た目からは想像もつかない覇気を全身に纏わせて、聖剣を手にじりじりと距離を詰めるユーノの目は問答無用とばかりに据わっている。

「おねーサン? ねぇちょっと殺意マシマシ過ぎない? いやまあそんな風に迫られるのもクール通り越した眼差しも割とアリだけど……」
「まずはそのよく回る舌から切り落としてやる。動くなよ……」
「いやぁーーーー!」

 タンタシオンは魔王配下の中でも高位の悪魔だが、聖剣の加護を受け能力を飛躍的に高めたユーノ相手では分が悪すぎた。
 何より全身から放たれる「この姿になった瞬間を見られたからには生かしてはおけない」という圧が、悪魔を後ずさらせる。
 絹が裂けるような悲鳴をあげたシオンが死を覚悟し、ぎゅっと目を瞑って身構えた。

「覚悟ッ!」
「ひえっ!」

 ガキィン、と硬いものがぶつかる音がした。
 二人の間に割り込んだ男が、褐色の逞しい左腕一本で剣を受け止めたのだ。

『こいつは……!』
「魔王、サマ……」
「戻るのが遅いと思えば、こんなところにいたのか、タンタン」

 見た目はユーゴが知る“旅人アスター”のものだが、その常識外れな頑強さは人間の体では有り得ないだろう。

(生身で剣を……それも聖剣だぞ? なんでもないみたいに受けられるものなのか……?)

 尻もちをついたシオンを振り返っていたアスターは、驚くユーノに改めて向き直る。

「貴様が……“ユーノ”だな?」
「――!」

 ぞくりと走る悪寒。頭上から押さえつけるような重圧。
 姿は同じなのに、彼が“魔王”の顔を覗かせただけで、こんな……

「あ、あの、魔王サマ、そのおねーサンは……」
「ククッ……このタンタシオンをあっさりと退けたのだ。並の女ではないことくらいわかる」
「いやそうじゃなくてっ……」
「ユーノ、この魔王アストルムと勝負しろ!」

 タンタシオンの言葉を勝手に汲んだ魔王は言うが早いか、盾に使った腕を今度は武器として振るう。
 どうにか聖剣で防ぐことはできたが、ユーノの両腕が僅かに痺れる。

(一撃が、重いっ……!)
「ほう、その細腕で俺様の一撃を受けるか。やはり面白い女だ」

 ほんの一部触れただけで感じる底知れぬ力。もし双方が本気を出せば……ちらりと背後に並ぶ墓石を見、ユーノはキュッと唇を引き結んだ。

「……ここで戦う訳にはいかない。退くぞ、聖剣!」
「なに?」

 魔王が聞き返すより早く、ユーノが掲げた聖剣が輝く。

「!」
「うわっ、まぶしっ」

 強い光が辺りを満たし魔王と悪魔の視界を奪った一瞬は、彼女が姿を眩ませるには充分だった。

「いない……消えただと!?」
「あらら、逃げられちゃいましたねぇ」

 がっくりと項垂れる魔王の顔をおそるおそる覗き込もうとする悪魔だったが、魔王の肩が震えていることに気づき一旦離れる。

「ク、ククク……この魔王を手玉にとるか! 気に入った、気に入ったぞユーノ!」

 その震えは武者震いと歓喜、そして……

「女神のように美しく、そして俺様とやり合える強さを持つ娘……ユーノ、必ず貴様を倒し、そしてその全てを手に入れてやる!」
「魔王サマーーーー!?」

 興奮にきらきら輝く黄金の瞳、赤く染まる頬。
 その女神みたいな娘、中身オジサンなんですけど!
 しかしタンタシオンのそんな心の叫びは、彼がそれを口にする勇気がなかったために、アストルムに届くことはなかった。
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