4
ユーゴとアスターは昨日の夕方この街でばったり――聖剣が魔王の気配を探知したからで本当は偶然ではないのだが――出会い、夕食を共にした。
フリーハーツで騎士をしているユーゴ行きつけの酒場で自慢のビーフシチューに感激するアスターを見て、つい嬉しくなって酒まで入れてしまい……豪快な雰囲気と魔王の肩書からてっきり酒豪かと思われたアスターはいつの間にかユーゴの肩に寄り掛かってあっさり気持ちよく寝落ちしてしまった。
仮にも魔王を放置するわけにもいかず、仕方なくユーゴが引き取って宿屋まで運び、現在に至る。
ちなみにベッドはツイン。アスターは朝までぐっすりコースなのでゆうべはおたのしみということにはならなかったとか。
(魔王と同じ部屋で寝た人間なんて、恐らく私が初だろうな……)
そんな経緯を聞いて、シオンは「ウチの坊っちゃんがすいませんねぇ」と苦笑いをした。
そしてユーゴは昨夜そのままだったアスターに朝風呂を促し、朝食の買い出しに出たのだが……
「お坊ちゃんについていなくていいのか?」
「お風呂くらいひとりで入れるよ。坊っちゃんお肉好きだしよく食べるから、わざわざ買いに行ってくれたんでしょ?」
自分だけなら簡単なものでぱぱっと済ませるのに、と付け加えて。
店へ向かう道中、腰までの金色のポニーテールを揺らしながらついてくるシオンの、その分析は当たっていた。
「宿屋の台所を借りて、あなたが料理するの?」
「一応、ひとりは長いからな。それなりには料理できる」
「ひとり、かぁ……ふぅん」
品定めするような視線が、ユーゴの背にある剣で止まる。
「ところでさぁ、どうして買い出しに行くだけなのに剣も持って行くの?」
ぎくり。僅かにユーゴの体が強張った。
聖剣と魔王を二人きりにはできないし、何より使い手であるユーゴとは離れない方がいいだろうが……確かに、普通の剣より見事な装飾が施された聖剣は人目に留まりやすい。
「……私は騎士だからな。出先で何かあった時に対処ができるようにだ」
「へぇ、真面目なんだ。それは好都合」
「好都合?」
意味ありげな呟きの直後、シオンはするりと潜り込むようにユーゴの耳元に顔を近づけた。
「ねぇ、ユーゴさん。大事な話があるんだ。ちょっとひとけのないところまで行こう? そうだな……町外れの墓地とかがいいかな」
「――ッ!」
囁きに驚いて、振り向いてしまったのがいけなかった。
バイオレットの瞳に覗き込まれた瞬間、ユーゴの胸がどくんと高鳴り、両腕が力なく垂れ下がる。
(な、んだ……? 体が……)
『ユーゴ……?』
戸惑う意思とは裏腹に足は勝手に歩き出し、誰もいない墓地へと迷いなく進んでいく。
「シオン、何をっ」
「あれ、結構耐性あるんだ? しょうがないな、んじゃ少し強めに……」
シオンは長い指先でユーゴの顎を捉えると、妖しく煌めく瞳をさらに至近距離で合わせた。
「あ……っ」
『ユーゴ!』
熱っぽく蕩けたユーゴの瞳に日頃の鋭さはなく、頬を紅潮させて薄く開いた唇の隙間から溢れる吐息は熱い。
しまった、魅了の術を使うのか――聖剣が気づいた時には既に遅く、がくりと膝をつくユーゴを見下ろして、シオンがにっこりと微笑んだ。
「ゴメンね。あなたはいい人だよ、ユーゴ。でも、だからこそ……消えてもらう。魔王サマが人間に情を移してしまわないようにね」
あくまで声音は甘く、優しく。そして誘われるようにゆっくりとユーゴの手が動く。
「いい子だね……さあユーゴ、背中のその剣を抜いて、首筋にあてて……すうっと刃を滑らせるんだ。大丈夫、僕の魅了眼 にかかったら苦痛も恐怖もない。キモチよく逝けるからね」
『しっかりしろ、おい、ユーゴ!』
助けなど来るはずがないそこで、悪魔の手にかかって、勇者となるはずだった男の命が今、終わろうと……
しかし、聖剣の柄に手をかけた瞬間、ユーゴの体はまばゆい光に包まれた。
「「へ?」」
ふわりと波打つ青藍の長い髪、やや露出は多いが品良くまとまった装飾的な衣装。
ぱちくりとまばたきする月白の瞳からは魅了の術の影響はすっかり消え去って。
「わ、私はいま何を……?」
「ユーゴさんがめちゃめちゃ好みの綺麗なお姉さんになったーーーー!?」
「えっ、あ」
聖剣の加護により“ユーノ”に変身した途端に我に返るも術をかけられた辺りの記憶がないユーゴと、いきなり何もかもが変わってしまうほどの大変身を見せられたシオン。
双方の混乱が重なり、しばしその場の時間が止まったかのように二人して固まってしまうのだった。
フリーハーツで騎士をしているユーゴ行きつけの酒場で自慢のビーフシチューに感激するアスターを見て、つい嬉しくなって酒まで入れてしまい……豪快な雰囲気と魔王の肩書からてっきり酒豪かと思われたアスターはいつの間にかユーゴの肩に寄り掛かってあっさり気持ちよく寝落ちしてしまった。
仮にも魔王を放置するわけにもいかず、仕方なくユーゴが引き取って宿屋まで運び、現在に至る。
ちなみにベッドはツイン。アスターは朝までぐっすりコースなのでゆうべはおたのしみということにはならなかったとか。
(魔王と同じ部屋で寝た人間なんて、恐らく私が初だろうな……)
そんな経緯を聞いて、シオンは「ウチの坊っちゃんがすいませんねぇ」と苦笑いをした。
そしてユーゴは昨夜そのままだったアスターに朝風呂を促し、朝食の買い出しに出たのだが……
「お坊ちゃんについていなくていいのか?」
「お風呂くらいひとりで入れるよ。坊っちゃんお肉好きだしよく食べるから、わざわざ買いに行ってくれたんでしょ?」
自分だけなら簡単なものでぱぱっと済ませるのに、と付け加えて。
店へ向かう道中、腰までの金色のポニーテールを揺らしながらついてくるシオンの、その分析は当たっていた。
「宿屋の台所を借りて、あなたが料理するの?」
「一応、ひとりは長いからな。それなりには料理できる」
「ひとり、かぁ……ふぅん」
品定めするような視線が、ユーゴの背にある剣で止まる。
「ところでさぁ、どうして買い出しに行くだけなのに剣も持って行くの?」
ぎくり。僅かにユーゴの体が強張った。
聖剣と魔王を二人きりにはできないし、何より使い手であるユーゴとは離れない方がいいだろうが……確かに、普通の剣より見事な装飾が施された聖剣は人目に留まりやすい。
「……私は騎士だからな。出先で何かあった時に対処ができるようにだ」
「へぇ、真面目なんだ。それは好都合」
「好都合?」
意味ありげな呟きの直後、シオンはするりと潜り込むようにユーゴの耳元に顔を近づけた。
「ねぇ、ユーゴさん。大事な話があるんだ。ちょっとひとけのないところまで行こう? そうだな……町外れの墓地とかがいいかな」
「――ッ!」
囁きに驚いて、振り向いてしまったのがいけなかった。
バイオレットの瞳に覗き込まれた瞬間、ユーゴの胸がどくんと高鳴り、両腕が力なく垂れ下がる。
(な、んだ……? 体が……)
『ユーゴ……?』
戸惑う意思とは裏腹に足は勝手に歩き出し、誰もいない墓地へと迷いなく進んでいく。
「シオン、何をっ」
「あれ、結構耐性あるんだ? しょうがないな、んじゃ少し強めに……」
シオンは長い指先でユーゴの顎を捉えると、妖しく煌めく瞳をさらに至近距離で合わせた。
「あ……っ」
『ユーゴ!』
熱っぽく蕩けたユーゴの瞳に日頃の鋭さはなく、頬を紅潮させて薄く開いた唇の隙間から溢れる吐息は熱い。
しまった、魅了の術を使うのか――聖剣が気づいた時には既に遅く、がくりと膝をつくユーゴを見下ろして、シオンがにっこりと微笑んだ。
「ゴメンね。あなたはいい人だよ、ユーゴ。でも、だからこそ……消えてもらう。魔王サマが人間に情を移してしまわないようにね」
あくまで声音は甘く、優しく。そして誘われるようにゆっくりとユーゴの手が動く。
「いい子だね……さあユーゴ、背中のその剣を抜いて、首筋にあてて……すうっと刃を滑らせるんだ。大丈夫、僕の
『しっかりしろ、おい、ユーゴ!』
助けなど来るはずがないそこで、悪魔の手にかかって、勇者となるはずだった男の命が今、終わろうと……
しかし、聖剣の柄に手をかけた瞬間、ユーゴの体はまばゆい光に包まれた。
「「へ?」」
ふわりと波打つ青藍の長い髪、やや露出は多いが品良くまとまった装飾的な衣装。
ぱちくりとまばたきする月白の瞳からは魅了の術の影響はすっかり消え去って。
「わ、私はいま何を……?」
「ユーゴさんがめちゃめちゃ好みの綺麗なお姉さんになったーーーー!?」
「えっ、あ」
聖剣の加護により“ユーノ”に変身した途端に我に返るも術をかけられた辺りの記憶がないユーゴと、いきなり何もかもが変わってしまうほどの大変身を見せられたシオン。
双方の混乱が重なり、しばしその場の時間が止まったかのように二人して固まってしまうのだった。