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「それにしても、魔王サマがどうしてこんな街中に……?」
魔王の気配を追って、タンタシオンが辿り着いたのは宿屋の一室。
彼が人間に化けて生活に融け込んでいるのは人間の精気を好んで喰らうためなのだが、魔王には特にその必要性がなかったはずだ。
うーんと唸りながらドアを軽く叩くと、はい、と寝起きらしい掠れた男の声。
ややあって扉が開いたが、出迎えたのはタンタシオンが知る紅蓮の髪ではなく、どこまでも深く水を湛えた海のような青。
「「……どちらさま?」」
タンタシオンと相手……ユーゴの声が見事にハモったその刹那。
『おいユーゴ、その男は魔物……いや、悪魔だぞ!』
「!」
ユーゴは一瞬壁に立て掛けてあった聖剣を振り返るが、剣の声はユーゴにしか聴こえないため、タンタシオンからすればいきなりユーゴが後ろを向いたことになる。
「あ、あれぇー? 部屋間違えちゃったかなぁ?」
タンタシオンは持ち前の陽気さで軽く笑って誤魔化そうとした。けれども部屋の奥のベッドでもぞもぞと動くデカい布団の塊からは確かに魔王の気配が感じられて……
(ど、どういうことなの? このオジサン魔王サマと同じ部屋に泊まっ……ゆうべはおたのしみでしたね的なヤツだったの!? た、確かにオジサンにしては綺麗めで色気あるけど魔王サマの趣味って……)
ああでも、ヒゲを剃れば意外と……などと呟きながら。
上から下までまじまじと見つめてくる美形の百面相に、ユーゴはそこはかとなく嫌な予感に駆られた。
「待ってくれ。なんだその顔、何か誤解をしていないか?」
『男二人、宿屋にて。何も起きないはずがなく……』
(何も起きなかったのはお前が一番よく知ってるだろ!)
自分にしか聴こえないのをいいことに好き放題言っている聖剣を、今すぐ窓から投げ捨ててやりたい。
しかしそんなことをすれば後ろのベッドで寝ている魔王と目の前の悪魔らしき男に対抗する手段がなくなってしまうため、どうにか心の中のツッコミだけに留めるユーゴ。
と、そこに……
「なんだ、騒がしいぞ……?」
「「!」」
もぞり、布団の山が身じろぐ。真っ白なそこから褐色の腕が飛び出し、頭があるらしい位置を乱雑に掻いた。
そこに注視し、なんとなく息を詰める二人の視線がかち合う。
やがて起き上がった半裸の男は、眠たげな眼をぱちりとまばたきした。
「ユーゴに、タンタン……? 来ていたのか」
「タン……?」
「タっ、その名前で呼ばないでって言ったでしょ!」
美形に似合わぬあまりにも可愛らしい名前にユーゴと聖剣の脳裏にほのぼのした絵本やマスコット寄りの熊がよぎる。
「あはは、僕の本名ちょっと長いから愛称で縮めて……シオンって呼んでね」
「今タンタンって呼ん」
「坊っちゃんてば子供の頃の癖が抜けないんだからもう! 僕のことはシオンって呼んでね!」
「は、はあ……」
シオンからの圧に負け、思わず後ずさるユーゴ。
だが、せっかく自己紹介してもらったのだから、こちらも返すのが流れだろうと思い直す。
「私はユーゴ。この街の人間だ。用事があってリット村に出ていた時に彼……アスターと知り合ってな。妙に世俗慣れしていないと思ったが、いいとこの坊っちゃんだったのか」
「ぼっちゃん? ぼっちゃんとはなんだタンタン?」
「うんまあそんなトコ!」
嘘をつくにしても下手過ぎだろうと呆れながら、ユーゴは自由な主に振り回されるシオンにひっそりと同情の視線を送った。
魔王の気配を追って、タンタシオンが辿り着いたのは宿屋の一室。
彼が人間に化けて生活に融け込んでいるのは人間の精気を好んで喰らうためなのだが、魔王には特にその必要性がなかったはずだ。
うーんと唸りながらドアを軽く叩くと、はい、と寝起きらしい掠れた男の声。
ややあって扉が開いたが、出迎えたのはタンタシオンが知る紅蓮の髪ではなく、どこまでも深く水を湛えた海のような青。
「「……どちらさま?」」
タンタシオンと相手……ユーゴの声が見事にハモったその刹那。
『おいユーゴ、その男は魔物……いや、悪魔だぞ!』
「!」
ユーゴは一瞬壁に立て掛けてあった聖剣を振り返るが、剣の声はユーゴにしか聴こえないため、タンタシオンからすればいきなりユーゴが後ろを向いたことになる。
「あ、あれぇー? 部屋間違えちゃったかなぁ?」
タンタシオンは持ち前の陽気さで軽く笑って誤魔化そうとした。けれども部屋の奥のベッドでもぞもぞと動くデカい布団の塊からは確かに魔王の気配が感じられて……
(ど、どういうことなの? このオジサン魔王サマと同じ部屋に泊まっ……ゆうべはおたのしみでしたね的なヤツだったの!? た、確かにオジサンにしては綺麗めで色気あるけど魔王サマの趣味って……)
ああでも、ヒゲを剃れば意外と……などと呟きながら。
上から下までまじまじと見つめてくる美形の百面相に、ユーゴはそこはかとなく嫌な予感に駆られた。
「待ってくれ。なんだその顔、何か誤解をしていないか?」
『男二人、宿屋にて。何も起きないはずがなく……』
(何も起きなかったのはお前が一番よく知ってるだろ!)
自分にしか聴こえないのをいいことに好き放題言っている聖剣を、今すぐ窓から投げ捨ててやりたい。
しかしそんなことをすれば後ろのベッドで寝ている魔王と目の前の悪魔らしき男に対抗する手段がなくなってしまうため、どうにか心の中のツッコミだけに留めるユーゴ。
と、そこに……
「なんだ、騒がしいぞ……?」
「「!」」
もぞり、布団の山が身じろぐ。真っ白なそこから褐色の腕が飛び出し、頭があるらしい位置を乱雑に掻いた。
そこに注視し、なんとなく息を詰める二人の視線がかち合う。
やがて起き上がった半裸の男は、眠たげな眼をぱちりとまばたきした。
「ユーゴに、タンタン……? 来ていたのか」
「タン……?」
「タっ、その名前で呼ばないでって言ったでしょ!」
美形に似合わぬあまりにも可愛らしい名前にユーゴと聖剣の脳裏にほのぼのした絵本やマスコット寄りの熊がよぎる。
「あはは、僕の本名ちょっと長いから愛称で縮めて……シオンって呼んでね」
「今タンタンって呼ん」
「坊っちゃんてば子供の頃の癖が抜けないんだからもう! 僕のことはシオンって呼んでね!」
「は、はあ……」
シオンからの圧に負け、思わず後ずさるユーゴ。
だが、せっかく自己紹介してもらったのだから、こちらも返すのが流れだろうと思い直す。
「私はユーゴ。この街の人間だ。用事があってリット村に出ていた時に彼……アスターと知り合ってな。妙に世俗慣れしていないと思ったが、いいとこの坊っちゃんだったのか」
「ぼっちゃん? ぼっちゃんとはなんだタンタン?」
「うんまあそんなトコ!」
嘘をつくにしても下手過ぎだろうと呆れながら、ユーゴは自由な主に振り回されるシオンにひっそりと同情の視線を送った。