『おい、どうしてそちらに行くのだ?』

 光射す廊下に響く、早足の靴音。
 明らかに玉座の間へ通じるだろう扉を無視し、ユーゴが向かった先は城のさらに奥。
 三階まで上がるとさすがに気になった聖剣に尋ねられ、辺りに人影がないことを確認すると、ユーゴは静かに口を開く。

「……魔王を倒す鍵についてはトップシークレットでな。私がどうして動いているのか知る者はほとんどいないんだ。魔王を倒すだけの力ともなれば、広く知られれば悪用も考えられるだろう……そう思って私も動いていた」
『ふむ、確かにそうだな。我自身が使い手を選ぶから、実際はそんな心配は無用なのだが』

 選ばれなかった者が聖剣に触れると……その結果はリット村で遭遇した盗賊でユーゴにもよくわかった。
 だが今はむしろ、そんな剣だから隠されていたのではという疑惑も強まってしまったが。

『で、向かう先は王の私室か。警備の姿がないな』
「私の名前を出したら部屋の前から人払いするよう言われているらしい」
『部屋で王と二人きり……大層な信頼ぶりだな、ユーゴよ』

 部屋の扉に近づけば、お喋りの時間は終わりだ。
 ユーゴは目を閉じて深呼吸すると、扉を軽く二回叩き、一拍置いて少し強めに一回叩いた。

「入れ」

 今のが合図なのだろう。扉の向こうの声はすんなり入室を促す。
 しっかりとした扉を開き、まず視界に飛び込んできたのは天蓋つきの大きなベッド。それも余裕で収まる広さといい、床に敷かれた見事な刺繍の絨毯といい、いかにもな王族の部屋だ。

「長旅ご苦労だったな。ユーゴ・リュミエール」

 そう言ってユーゴを迎えたのは天鵞絨……暗く深い緑色の髪と目の、ユーゴと同年代くらいで意志の強そうな顔つきをした男性。
 青を基調にあちこちに金や銀の装飾が施された上等な布地の衣装。濃紺に銀色の縁取りをしたマントをゆったりと靡かせて歩く姿は、気品と威厳を感じさせる。

 だが、しかし……

「まーとりあえず座れって。あ、お茶菓子いるか?」

 彼は一瞬で砕けた人懐こい笑顔になり、椅子を引いてユーゴをテーブルに着かせた。

『……おい、この男……王ではないのか?』
「アークライト・フリーハーツ。紛れもなくこの国の王だ。一応こんなんでも人前ではちゃんと王の体裁は保っている」

 耳打ちするような小声で聖剣に説明するユーゴの上に、スッと影が落ちる。

「そんでユーゴとは学生時代からのダチ。身分とか関係なく仲良しなんだよ」

 と、王は気さくに自己紹介をしてみせるが、ユーゴは驚きに固まって、

「アーク、お前まさか聴こえて……?」
「俺もちょーっとワケありでさ。まあ追々その話はするとして、まずはお前の話を聞かせてくれよ、ユーゴ」
「あ、ああ……」

 聖剣の声は“勇者”にしか聴こえないのではないのか?
 疑問符を浮かべたが、気を取り直して背負っていた聖剣をベルトごと外して椅子の背にかけると、説明を始めるユーゴ。
 アークライトに示された場所での出来事と、聖剣の力と……魔王らしき男との出逢いはどう話したものかと悩みながら。

『我の声が聴こえる、勇者以外の人間……』

 聖剣の独り言は、そんな話の最中にぽつりと呟かれた。
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