『まったく、ユーゴはお人好しにも程があるな』
「う、うるさいな……成り行きで仕方なくだ!」

 一人で静かだった旅路も賑やか通り越してうるさくなったな、などと思いながら背中の聖剣を振り返るユーゴ。
 あのまま村を離れた彼は、街道をひとり……と呼ぶにはやかまし過ぎる剣と共に歩いていた。

『というか、今変身して魔王のもとに戻れば良かったのではないか?』
「……正直疲れた。そんな気力はない」
『次いつ遭遇するかわからんのに……いや、待てよ?』

 聖剣は一旦言葉を止め、しばし考えるとまた続けた。

『奴は“ユーノ”を探しているのだから“ユーノ”の活躍を聞けば飛んでくるのでは?』
「確かに、そうかもしれないが……」
『よし、そうと決まればじゃんじゃん変身してバリバリ活躍するぞユーゴ!』
「い、嫌だ!」
『魔物に襲われてる者がいれば、どうせまた飛び出してしまうのだろう? 口では嫌だと言うが、カラダは正直ではないか』
「やかましい!」

 にやにやしながらの言葉に思わず反論の語気が強くなる。ここで運悪く誰か通りかかればユーゴは不審者扱いされてしまうだろう。
 と、剣からやや大袈裟な咳払いが聴こえてきた。

『まあ、冗談はさておき……“ユーゴ”も“ユーノ”も魔王と妙なフラグが立ってしまったな』
「フラグ?」
『こんなんで戦えるのか、という話だ』

 その声音はいつになく真面目なもので。

『今まで、勇者といえば魔王を倒すものだった。魔王が現れたことで凶暴化した魔物も、親玉を倒せばまた力を失いおとなしくなるからな』

 そうだ。コイツは“聖剣”だった。ユーゴは改めてそれを思い出した。
 自分の他にも過去に“勇者”がいて、それらに倒された“魔王”がいる。自分の知らない戦いが繰り返されてきたのだ。

(あまりの変態ぶりに忘れていたが……)

 この聖剣は、ずっとそんな戦いの中にいたのだろう。
 それならば先程のアスターとのやりとりを、どんな心境で眺めていたのか……

「……他の適合者ゆうしゃを探すか? 確かに私は魔王の素顔を知ってしまった。次に対峙する時、剣を鈍らせてしまうかもしれん」
『そう簡単に適合者が現れたら苦労しない。それに、我は新たな可能性を見出している』
「? なんだ、それは?」
『しばらくは様子見だな、これは』

 聖剣はフッと笑うと、それきり黙ってしまった。
 ざくざくと、しばらく足音だけがこの場に響く。

「……急に静かになられると不気味だな」
『なんだ、我の声が恋しいか? まったくワガママな奴め』
「そんなことは言っていない!」

 ユーゴをからかって満足すると、聖剣は再び静かになる。
 目鼻がないから当然だが、その表情はわからない。

(素直で無邪気な“魔王”……アスターと戦うことが使命だと言うのなら、私は……)

 またお人好しと言われてしまうかもしれないが、食堂でユーゴにあれこれ尋ねては返ってきた言葉に目をキラキラさせるアスターの姿は嘘や演技とは思えなかった。
 滅ぼす滅ぼさないをあっさり口に出し、またおそらくそれを実行できるだけの力があるだろうこと、少なくとも“ユーゴ”ではまるで勝ち目がない相手だということは肌で感じてはいたのだが……

(出会った先々で美味いものを紹介し続けたら、魔王やめたりしてくれないだろうか……?)

 思い出すのは、羊肉に夢中でかぶりつく姿。美味そうに、嬉しそうに食べるものだから、すっかり毒気を抜かれてしまう。

(ちょっと、昔飼ってた犬を思い出したな……ぶんぶん振るしっぽが見えた気がした)

 想像して、ふふっと笑みがこぼれる。
 ポケットに入れていた魔界の金貨を取り出し、やはり禍々しく感じられる骸骨の刻印をじっと見つめた。

(大型犬……あと、太陽だな)

 アスターの瞳は、金貨の色よりも熱を帯びた黄金色をしていた。
 真っ直ぐで熱くて、激しくて。炎のような髪色は、彼の性質そのもののようだ。

『さてさて、どう転ぶかな』
「何か言ったか?」
『……いいや、別に』

 ふたつの姿をもつ勇者と魔王。
 青と赤、銀と金、月と太陽……あつらえたように対照的で対をなす二人が出逢い、物語は幕を開けた。
 彼らの出逢いがこの世界にもたらすものは……

『しかしあの魔王、女体化したらなかなかのグラマー美女になりそうだな。腕はないが腕が鳴るわ……ふふふ』
「お前それだけは絶対やめろ」

 その先に待ち受ける物語を、彼らはまだ知らない。
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