夜闇に閃く白銀が、月光を浴びて煌めく。
 鮮血の華を咲かせ、悍ましい断末魔を響かせて絶命する魔物。

「ひっ……!」

 すんでのところで命を救われた村人もこの光景には怯えるが、しんと静寂を取り戻した空気に、月下に佇む恩人を見上げた。

 まず目に入るのは艷やかな青藍。腰までのばしたゆるく癖のある髪は散らばらないよう先端近くで括られている。
 きめ細かく色白の頬にはほんのりと赤みが差し、ぷっくりと形の良い唇もまた薄紅に色づいて。
 ややタレ目気味の大きな瞳は、光の加減で青みがかった銀色に輝く月白。

 体のラインを見せつつもふわり翻るフィッシュテールスカートが動きに映え、膝上までの白いブーツとの間に黒いタイツを覗かせる衣装がよく似合う……そんな美しい女性だった。

「怪我は?」
「あ、あ、あの……」

 女性に尋ねられ、助けられた村人はへたりこんだまま、はくはくと口を動かす。

 金色の優美な装飾を纏った剣の刀身に月光が照り映える。
 つい先刻魔物の鮮血に塗れたはずのそれは、まるで嘘のように曇りのない白銀一色で。

――奇跡だ、と村人は思った。

 辺境の小さな村を突如襲った、妙に統率のとれた小鬼ゴブリンの群れ。
 そこに颯爽と駆けつけ、たった一人で、剣など持ったこともなさそうな細腕であっという間に魔物を倒してしまった女性。
 村が救われたことも、彼女の美しさも、何もかもが奇跡と呼ぶに相応しい出来事だ。

「女神様……」

 そうだ。女神のようだ、と。

「女神なんて大層なものではありません。ただの通りすがりの旅人ですよ」
「けれども村に旅人なんて……ああ、そういえばちょうど一人宿屋に滞在しておりましたが、姿を見ませんね」
「……きっと無事に避難しているのでしょう。それでは私はこれで」

 安心してようやく頭が回るようになった村人は「あ!」と慌てて女性を呼び止める。
 剣を背中の鞘に納めることもせずそそくさと立ち去ろうとした彼女が、驚いた顔で振り向いた。

「な、なにか……?」
「助けてくださりありがとうございます。あの……貴女のお名前は……」

 彼女はちらりと剣を一瞥し、眉間に僅かに皺を寄せ、唇を尖らせる。
 けれどもそれは一瞬で、即座に女神の微笑へと変わった。

「私の名前は……」

 聖剣を携えた勇者は静かに、控えめに口を開く。

 人々の危機にどこからともなく現れ、颯爽と去っていく彼女の名はその美貌と謎と共に、やがて大陸じゅうに広まっていくことになるだろう。

 世界を救った、勇者の名として。
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