~濃霧の夢~

「大精霊さぁーん、どーこでーすかー?」

 湿り気を帯びた洞窟内で、青年の声が靴音と共に反響する。
 どこかに潜んでいるかもしれない魔物に自分の存在を知らせているようなものだが、それでも呼び掛けに返事はない。

「バカか貴様。呼んですぐ出てくるようなら苦労はせぬであろう」
「バカってひどいなうさ公は! もしかしたらもしかするかもしれないでしょー……っとぉ!?」

 と、勢い良く振り返った弾みで足を滑らせたバカ……もといリュナンがバランスを崩しかけ、口喧嘩は強制的に中断させられた。

「ここは足元が滑りやすい。無闇に動くのは危険だぞ、リュナン」
「それに大声は魔物を刺激する。ここは静かに慎重に進んだ方がいい」
「こんな大所帯で慎重も何もない気がするけどなー」

 オグマ、スタード、デューの騎士団組が順々にそう言うとリュナンが口を尖らせる。

「だってここなんかじめじめしてますし……さっさと帰りたいじゃないですかぁ」
「まぁ気持ちはわかるがのう、急いては事を仕損じるやもしれんぞ」

 あわてないあわてない、と年少のミレニアにまで宥められ、彼は渋々といった顔をした。

 濃霧立ち込める山脈、アトミゼの内部に続く洞窟は思っていた以上に深く入り組んでいて、デュー達を惑わせる。
 人の手が加わらず自然のままに生まれたのであろう道は険しく、ところどころ地下水が流れる斜面では足元が危ういこともある。
 ついでにじめじめした空気がまとわりついて不快指数を上げ、彼らの焦りを強めるのだった。

 だが、

「それでも行かなきゃならねーんだ、大精霊サマの力を借りるためにはな」

 少年剣士の藍鉄の瞳は、霧の中でも曇ることはない。

 アラザン霊峰のように、偏った属性の強い場所で大精霊に出会えると知ったデュー達は、彼等のもとに辿り着き契約を交わすよう聖依獣の長老に告げられた。

『私…………のは、誰……?』
「!」

 頭上から滴る水が、デューの肩に落ち、反射的に彼は顔を上げる。

「どうしたんですか、デュー君?」
「い、今なにか女の声が……」

 誰か何か言ったか尋ねれば、女性陣が首を左右に振って応えた。

(ま、まさかオバケいやそんなバカな……そうだ、探してた大精霊だな、きっと)

 仲間の女性でなければ可能性は目的の大精霊か、もしくは……というかそうであって欲しいのがデューの素直な気持ちである。
 それはもちろんこんな所で手間取っている場合ではないからであって、断じて……

「そういやここ、いかにも出そうな雰囲気ですよねぇ……知ってます? アトミゼ山脈で姿を消した女性が……」
「ない。そんな事はない。断固ない」
「まだ最後まで言ってませんよ!?」

 しかしリュナンの口許スレスレで空を切った刃とそれよりも鋭く研ぎ澄まされた眼光が、その先を語らせることはなかった。
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