~小さな希望~

 表層界アラカルティアを障気から守っていた結界……
 巫女を人柱にそんなものが存在していたことも、それが失われてしまったことも未だ知らずに、聖域から遠く離れた世界の中心、王都の空は今日も変わらない。

 城下町の賑わいから一歩引いた貴族街の奥地にたたずむ邸宅では、美しく咲く一輪の花を思わせるたおやかな淑女が午後のティータイムを楽しんでいた。

「フローレット様、お茶が入りました!」
「ありがとうカシュー、いい香りね」

 アップルグリーンの目を細めて令嬢が微笑みかけると、カシューと呼ばれた執事らしき男がみるみる顔を赤くする。

「なによなによカシューったら、フローレット様にはトランシュ様がいるのにあーんなにデレデレしてぇ……」
「マカデミア、顔が怖いでガスぅ……」

 気の強そうなメイド服の女性と、大柄な男が物陰からフローレット達の様子をうかがっていた。

 カシュー、マカデミア、ウォール。
 彼らはかつてデュー達の行く先々で勇み足で突撃しては失敗を繰り返していた旅の芸人……もとい、団員三名の傭兵団である。
 今ではフローレットの側で使用人として働いているが、そのノリは相変わらずだ。

 もっとも、彼らの騒がしさがフローレットには「退屈しなくて楽しい」のだが。

(この屋敷も、こんなに賑やかになったのよ……ねえ、トランシュ)

 数ヵ月前の王都周辺の障気騒ぎを解決し、一躍英雄となったものの、これまで以上に騎士団の任務に忙殺されているのかめっきり顔を見せなくなった許嫁の名を心の中で呼ぶと、小さな溜め息を紅茶に紛れ込ませて睫毛を伏せる。

 彼は今どこにいるのか……先日だって、東大陸での任務を終えて王都に戻るという報せを受けたというのにここには立ち寄らず、またどこかへ発ってしまったらしいと聞いた。

「トランシュ様、どうしているんでしょうね」
「えっ」

 カシューの言葉に心を見透かされたと思い、フローレットの肩が跳ねる。

「……わかりますよ。そういう顔をしている時は、トランシュ様のことを考えている時だって」
「カシュー……」

 俺だったら、そんな寂しい思いはさせないのに……そんな台詞をぐっと飲み込もうとすると、タイミングよくドアがノックされた。

「あら、誰かしら? ……マカデミア」
「はいはーい!」

 噂をすれば影というが、もしや本当に想いが通じたのか。

 僅かばかり期待を含ませ、フローレットはドアの方へと視線を向けた。
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