~オアシスの夜~

 砂の海を抜ければ、ほどなくしてオアシスが見えた。
 魔物も近寄らないそこは誰が備えたのか簡易結界で守られているらしく、疲れ果てた旅人が羽を休めるのにもってこいの場所だ。

 結界の中心には蛍煌石を掲げた女性の石像が静かに佇んでいた。

「はぁ~……美女に迎え入れられるオアシスなんて天国ですねぇ」
「まさか石像も守備範囲なのか」
「真顔で言わないで少年」

 そんな事を言いながら辺りを見回すと動物も水を求めてやって来ており、のどかな光景は憩いの水場と呼ぶに相応しく、同時に安全な飲み水であることを意味していた。

「今日はここで休むか」
「はいはい! 俺テント張ります旦那ー!」

 砂漠越えの疲労が残る一行の中でもとりわけ体力に自信があるリュナンが率先してキャンプの準備を始め、他の仲間達もそれに続く。
 と、カッセはそんな彼等から一歩退いて、腹部……砂海の魔物に打たれた箇所を押さえた。
 布で覆い隠した体に触れられたくないがためにオグマの治療を拒否し、強がってみたものの思った以上に傷は深い。

(……このままでは行動に支障を来すな)
「カッセ?」

 焦燥が顔に出ていたのだろうか、と言っても殆ど頭巾で隠れていて目許しか見えないカッセをいつの間にかオグマがじっと見つめていた。
 賑わいから離れ、ゆっくりと歩み寄る長身の三つ編みが揺れる。

「気分がすぐれないように見えるな。やっぱり先程の傷が……」
「い、いや、なんでも、」

 なんでもない、と言いかけて痛みが走り言葉が止まる。
 怪我人を放って置けない性質のオグマが、それを見逃すはずもなく。

「……なんでもなくはなさそうだ。そうまでして拒むのは、一体……」

 どうにか逃げる算段を考えるが、それを見透かしたような水浅葱の瞳にとうとう観念したカッセがおもむろに目を伏せた。

「オグマ殿……決して口外しないと約束出来るなら、治療を頼みたい。ただ、今は困る。日が落ちて、皆が寝静まってから……ダメ、だろうか?」
「え……?」
「こんな事を頼むのは図々しいと、承知の上だ……すまない」

 ただならぬ様子のカッセに、オグマは何も追及せず静かに頷いた。
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