~閉じられた幕の先へ~(スキットなし)

 中央大陸グランマニエの西にある自然に囲まれた小さな村、シブーストにも魔物の影は迫っていた。

「こわいよお、せんせー……」
「大丈夫、大丈夫だからね」

 門番の騎士達も突然の襲撃に負傷し、魔物の侵入を許してしまった村の、避難所となった孤児院の中、ちいさなぬくもり達が孤児院の院長に押し寄せる。

 大丈夫、ともう幾度口にしたか。

 心なしか昼でも薄暗い空には不安を煽る巨大隕石がどこからでもよく見える。
 子供にだってわかる絶望がいつ落ちてくるかわからない状況で、その言葉がいかほどの気休めになるだろう。

 それでも、院長は自分にも含めて言い聞かせるしかなかった。

「……だいじょうぶ」

 ふいに、幼い少女……シナモンが震える声で呟いた。

「ミレニアおねえちゃんが、うさぎさ……シュクルくんが、みんながまもってくれるもの」
「そ、そうだよ!」

 彼女の声に双子の男子、カネルも続く。

「おれもみんなをまもる! だから、ま、まものなんてっ……!」

 どこにも逃げ場などない今、年端もいかない子供達の、それが精一杯の強がりだったのだろう。

 と、外で魔物が大きく吼えた。

……いや、苦悶を含んだその声は、悲鳴か。

「えっ……!?」

 院長がおそるおそる窓から外を窺うと、子供達の数人もそれに続く。

「あっ、おめんやろーだ!」

 そう叫んだ男児の指し示す先に、白銀の仮面と黒衣が特徴的な青年騎士が、何やら周囲の騎士達に指示を飛ばしているようだった。



「魔物を村の中央に集めろ!」

 仮面の騎士グラッセはそう叫びながら背後に飛びかかる魔物を振り向きざまに斬り捨てる。
 魔物の皮膚を裂いた傷には明らかに刃でつけられたものではない火傷が認められ、浄化の力が佐用しているのがわかる。

(ガトーの腕輪、確かに効力があるな……元々人間であるモラセス王はともかく、俺のような魔物でも、精霊は力を貸してくれるのか)

 腕輪を見つめ、水浅葱の目を細めるグラッセの脳裏には、モラセス王の「この世界に生きる者」という言葉が甦った。

(ようやく“グラッセとして”“生きたい”と思い始めたところで世界が終わるかもしれないなど……皮肉な話だ)

 以前の自分ならば、そんな事態になろうが無関心だっただろう。

 けれども今は、自分はもちろん、喪いたくない存在も増えてしまった。

「必要以上に深追いはするな! あくまで一ヶ所に集めるだけ、詠唱の時間を稼ぐだけだ! いいか、無駄な怪我をするな!」

 こんな風に部下を気遣った台詞など、騎士団でよく自分を気に懸けてくれていたスタードが聞いたら驚くかもしれない。
 或いは、もう少し他に言い方があるだろうとたしなめられただろうか。

 ふ、とグラッセの口許が緩む。

 騎士達が魔物を追い込み、指示通り集めたのはその時だった。

「……黄泉の門欲するは愚かなる贄、大きく口を開け果てなき虚無へと引きずり込め!」

 魔物の群れの中心に、ぽっかりと空間の穴が開く。
 虚無は総てを喰らうように魔物達を吸い寄せ、そこから発されるマナがダメージを与えていく。

「闇は闇へ……在るべき所へ還れ」

 禍々しい見た目に反してきちんと浄化の力があるらしく、一匹また一匹とおぞましく呻いては消える黒い異形。

 オグマの複製品と自嘲していたグラッセの、オグマには扱えない闇の上級魔術だ。

「すごい……!」

 いくら斬りつけても再生する生命力にさんざん手を焼かされていた魔物が消滅する光景に、部下の一人が声をあげた。

(……さすがに、少し疲れるな……)

 これならやれる、と希望を見出だす彼等だったが、グラッセの体には慣れない力を使った負担がのしかかっていた。

 けれども、

(このくらいどうってことない。戦い抜いてみせる。俺もあそこへ帰るんだ。だから……)

 だから、お前達も戦い抜いて帰って来い。

 グラッセはその呟きをそっと心にしまうと、残党に向けて剣を構えた。
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