~終止符を、この手で~

――悪夢。

 そう、いっそ悪い夢であったならどれだけ良かったか。

 けれども己が身に刻まれた傷痕は、喪われた笑顔は、それが現実に起きたことだと物語っていた。

 漸く傷も癒えたと思った。それなのに……――



 万物の王に強引に放り込まれた、眠りに囚われたオグマとスタードの七年前の記憶。
 そこは戦場……“総てに餓えし者”の眷属が大量発生して各地を襲ったという、凄惨な出来事の最中だった。

「酷い光景ですね……」

 辺りを見回しながらリュナンが呻く。
 今の彼等と違って、浄化の術を持たない人々はあの魔物に太刀打ちできないのだ。
 虚しく物言わぬものと化した騎士が横たわり、或いは魔物に取り憑かれ、辺りは地獄そのものになっていた。

「僕も話に聞いていただけだったけど、まさか直に見せられる日が来るなんて……」
「俺も、大量発生の時は違う地域だったから……何も知りませんでしたよ」

 血の臭いが、こんなに濃いなんて。

 瀕死の騎士が助けを求める声に、もう過ぎた時の幻だとわかっていても耳を塞ぎたくなる。

 七年前はまだ騎士となっていなかったトランシュも、当時少年だったであろうリュナンも、戦いに身を置くようになった現在でも経験したことのないような五感を伴う悪夢に吐き気さえ覚えた。

(これが、旦那と教官さんが味わった地獄……)

 ぐ、と全身が強張るのを感じながら、その二人を探してあちこち見回すリュナン。

「早く二人を見付けて連れ出さないと……こんな所にいつまでもいたら、気が狂いそうだ」
「……ですね」

 魔術を使った跡だろうか、不自然に抉れた地面に足をとられかけながらしばらくさまようと、苦しげな嗚咽が聴こえてきた。

「この声、もしかして……!」

 それは恐らく、よく知っているはずの仲間のもので……

「旦、那……?」

 駆けつけてみればそこには、腰にかかるほどの三つ編みもなく少しだけ若い姿のオグマが膝をついていた。
 今しがた傷つけられたのであろう血に濡れた顔と、二の腕の途中から先がない右腕が痛々しい。

 そして彼の傍に倒れているのは同じく当時の姿らしき傷だらけのスタードと、

「この人は……」

 血だまりの中で眠る、亜麻色の髪の女性だった。
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