~賑やかな船出~

「世界を救うため、地面の下にあるおとぎ話の世界に行く……?」

 サラマンドルでの一悶着も無事解決して、移動中のブラックカーラント号の船室にて。
 自分達を探していた経緯を聞かされたキャティの大きな目がぱちくりと瞬いた。

「ま、信じられねーよなあ。突拍子がなさすぎて」
「確かにね。けど、今までの時も少なくとも並々ならない事情がありそうな気はしてたし、きっとほんとなんだろうって思う」

 それに、と続けたキャティは、デュー達と共にある大精霊……現在は実体化し、適性のない者にもその姿を見られるようになっている、そんな彼等に視線を送る。

「信じられないって拒否ろうにも、もういろいろ見せられちゃったからね」
「悪意に流される人々、凶暴化し倒れなくなった魔物、それに女神……いや、大精霊か」

 パータも腕組みをして、目眩がしそうな現実に唸った。
 今回の事件で受けた傷は、フィノの治癒術ですっかり癒えたようだ。

『あの場では水辺の乙女が女神ってことになったけどぉ、本物の女神様はアタシなんだからねっ!』

 魔物呼ばわりされた巨大な亀ヨーグルを庇って闘技場で戦わされたパータや助けに入ったデュー達にまで向けられた敵意をおさめるため、水辺の乙女が姿を現して一芝居うったのだが、その際に周囲の者達は彼女を“女神”と呼んだのだ。
 まだ納得がいっていないらしい月光の女神がむっすりと不機嫌を隠しもせずにそっぽを向いた。

「うわ、精霊にもオカマっているんだ」
「オカマじゃなくてオネエさんだぞキャティ」
『むっきーっ! 失礼しちゃうわね!』

 金髪に夜空を思わせる深い紫のグラデーションがかかった髪は長く美しく、顔立ちも確かに美形なのだと思う。
 しかしそれも中性的という訳でもなし、甘い色合いのいかにも女神然とした衣のあちこちから露出する肉体の逞しさは、どこからどう見ても男性そのものだし声も思いっきり野太い。
 女神と呼ぶのは若干無理があるな、とデューは内心で呟いた。

「女神殿、話がそれているでござるよ」
『あらやだ、そうだったわね』

 アタシにとってはこっちも大事な話なんだけど、と小声で付け加えつつ、おとなしく引き下がる女神様。
 話題を元に戻すべく、カッセは咳払いをひとつした。

「……さて、本題でござるが……その地面の下にあるおとぎ話の世界、裏転地界アラムンドに災いの元凶を討ち滅ぼしに行くためには、まとめて乗れて拠点にもなる乗り物が必要なのでござる」
「はー、それでブラックカーラント号を探してたんだ。そこらの船って訳にもいかないだろーしね」
「そういうこった。で、かなり危険な場所に行くことになるんだが……」

 どう頼んだものか、とデューが視線をさ迷わせる。
 船とヨーグルだけ借りるのもどうかと思うし、かといってこれまでのようにちょっとそこまで送り届けて貰うのとは訳が違う。
 大精霊達が守ってくれるとはいえ、障気に満ちた、恐らくは人も生きられないであろう世界に足を踏み入れることになるのだから。

「……いいよ。ね、パータ兄ぃ?」
「ああ。俺自身のこともだが、何より家族同然のヨーグルを助けてくれたからな」

 見上げる妹に頷く兄。

 と、陸地に近付いたのか、船体の揺れが変わった。
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