~時の彼方に~

――かつて“パルフェリア”と呼ばれた世界。

 その当時大陸のいち地方であったグランマニエを治めていたのは、温厚で有名な若き王ランシッド。
 ひょろりとした長身痩躯をだらしなく曲げ、それなりに美形ではあるが緊張感のまるでない顔。
 あまり武術を得意としないが人心を掴む術に長けた彼は、民や臣下から慕われていた。

「ランシッド様!」
「お、ダクワーズか。遠征お疲れ様ー」

 ふわふわと掴み所のなく軽い調子の王に、騎士団長のダクワーズが溜め息を漏らす。
 ダクワーズは王とは対照的に、細身の背筋をぴんと伸ばした青年のようだった。
 紺瑠璃の髪の下には片方は布製の眼帯に覆われているものの、きりりとした切れ長の金眼が煌めいている。

「また王の威厳がどうとか言うの? やだなぁダクワーズはかたいんだから」
「まだ何も言っていないでしょう」
「何か言いたげな怖い顔。眉間にシワ寄ってるよー?」

 ダクワーズの前髪をかき分け、つん、と額をつついて笑うランシッド。
 しかし騎士団長は、主君を見る目とは思えない、じとりとした視線を返した。

「貴方に締まりがない分、私が引き締めねばなりませんからね」
「そんなんだから瑠璃色の獅子とか王の剣とか呼ばれちゃうんだぞー」
「本望です。私は強く在らねばなりませんので」

 当然の如く返すダクワーズに、ランシッドは不満たらたらで唇を尖らせる。

「……剣や鎧なんかより、ドレスの方が似合うのに」

 次いで出た言葉は、ダクワーズの目を瞬かせた。
 男性の平均に近い背丈があり、一見すると青年……それも、女子の黄色い声援を浴びる部類に見える彼、いや、彼女は女性である。
 そのことで騎士団に入った当初は軽く見られたものだが、実力で団長の座まで上り詰めた彼女に敵う騎士はいない。
 いまだ悪く言うものはいるものの、性別を知っていてもいなくても男女問わずその魅力と実力に惹かれる者も多く、密かにファンクラブも結成されていたりする。

「騎士の名門一族なのに病弱で騎士になれない弟の代わり、だっけ? 別に無理してならなくても……」
「性に合っていますから」
「もっといいものになろうよー……王妃、とかさ?」

 言葉にたっぷりと含みを持たせ、ちら、と片目でダクワーズを窺うランシッド。
 遠回しとはいえ、王から直々の求婚を受けた彼女は……

「それでは、報告がありますので」

 一礼して踵を返し、靴音を響かせながら去っていった。

「あー、またフラれたぁー……」

 遠ざかっていくそれを聞きながら、行き場のない手をひらひらさせていたランシッドは、がっくりと肩を落とすのであった。
1/5ページ
スキ