~精霊王~

――――万物の王。

 その名は災厄の象徴“総てに餓えし者”と共に、王家の歴史書に残されていた。

 流れるような金髪で、雄々しく力強い男性の姿をしており、その瞳は真実を見透かす……らしい。

 彼は世界の危機に立ち向かった当時の王に力を貸し、その殆どを使い果たして長い長い眠りにつき、災厄もろとも表の歴史から名前も姿も消してしまった。

 それから時代は進み、紙と埃とカビの臭いが鼻腔をくすぐる、マーブラム城の書庫にて。

 若き日のモラセスは何気なく彼のものをあらわす言葉を指先でなぞると、赤目を静かに伏せる。
 歴史の闇に沈む、自分と同じく王と呼ばれる存在が軽く思考の端に引っ掛かったのだ。

 だが……

「……“我々は祈った。我が友の眠りが永久に穏やかなるものであるように”……よくわからんなぁ……先人もこんなあちこちぼかした回りくどい書き方しなくていいのに」

 万物の王とはなんなのか、総てに餓えし者は何を引き起こしたのか、そして世界は、当時の人々はどうなったのか。
 遠い昔に何か恐ろしいことが起きて、世界が劇的に変わったという、いまひとつはっきりしない内容。
 世に出回っている歴史の本にはそれすら描かれておらず、ただこのアラカルティアが誕生した年とされている。

「何があったのか、そしてなんでわざわざぼかしてまで伝えようとしたのか……それに、先に続くこの一文は……」

 ふむ、と青年は顎に手を置く。

「そしてここでも“結界の巫女”か……カミベルが身を捧げなければならなかったことと、関係があるのか……」

 自分にもっと知識があったら、彼女を宿命から救うことができたのか。

 苦々しい別離から月日は経ったが、モラセスの心には深く爪痕が残ったままだ。

「どう思う、ブオル?」

 モラセスが尋ねると背後に控える騎士服に看を包んだ熊のような大男が、両目にめいっぱい溜まった涙を腕でぐしぐし拭っていた。

「ううっ、モラセス様が自ら勉強なさるなんてぇ……俺、感激です……」
「……そういうことじゃないというか……そんなことで泣くなよ、ブオル」

 どうせほんの気まぐれなんだから。

 喉元まで出かかった言葉は、大袈裟に感涙する騎士団長を前に呑み込むことにした。

“それでも、眠りは悠久とはならないだろう。その時には……”

 それはモラセスが現実にその“災厄”と直面する、四十余年ほど昔の話であった……――
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