~帰る場所~
霧深き山にて行われた決闘は、どちらかが倒れるような事にはならず、オグマが周囲の霧を利用して作り出した氷の枷でグラッセの動きを封じることによって終わりを迎えた。
「勝負はついた。もうこんな事はやめて、王都に帰れよ、グラッセ」
こんな戦いをこれ以上続けても無意味だとデューが告げる。
……しかし、
「そう言われて誰が納得できるか」
ぴし、と氷に亀裂が走る。
もともと一時的に動きを止めるのが目的で作られただけのそれは、グラッセがもう少し力を入れれば砕けてしまいそうだ。
「俺を殺さないのか、リィム・ティシエールの仇である俺を!」
オグマを睨む同じ色の瞳は、激しい憤りを宿していた。
「オグマ・ナパージュ……俺はお前を倒すことだけを考えて生きてきた……お前の記憶をもち、お前に似せた姿で、お前の出来損ないの複製品でしかない俺は、そうでもしないと……殺せ! 存在を賭けた戦いに負けたんだ、俺にはもう生きている理由がない!」
「ふざけんじゃねえ!」
山が震えるかと思わせるような怒号が、その場にいた全員をぎくりと硬直させた。
「ガトー……?」
「そんなもんで生きている理由がねえとか、勝手に決めつけんな! それに、おめえは出来損ないの複製品なんかじゃねえよ!」
この場で唯一の非戦闘員であるガトーは今にも殴りかかりそうな剣幕でずかずかと踏み込むと、目を白黒させるグラッセの胸ぐらを掴んだ。
「おめえは“グラッセ”だ。自分で考えて、自分で動いてる。ただちっと、兄貴と一緒にものを見てきた時間が長かっただけだ。わかったか!」
「俺は……」
生きていて、いいのか?
ぽつりと零れたつぶやきと共に、グラッセの視界が歪む。
「グラッセ、泣いて……」
「! なんだこれは、どうして、」
自分の目から流れ落ちる温かい滴に戸惑うグラッセの頭を、子供にしてやるようにふわりと優しく撫でると、ガトーがにかりと笑う。
「ほら、ちゃあんとグラッセとして感じてんだろ?」
「ガトー……っ」
肉親のぬくもりを知らないグラッセの口から出たその名前は、父親を呼ぶような響きがあった。
もはや彼を拘束する必要のなくなった氷が、役目を終えて儚く砕け散る。
「……戦意、なくなったみたいですね」
「はらはらさせやがって、あのバカ……」
万が一に備えていつでも動けるよう構えていたスタードは、リュナンの言葉にほっと胸を撫で下ろした。
しかし次の瞬間、けど、と聞こえてきた声に顔をあげる。
「教官さんはいいんですか? 娘さんの仇だなんて言って……」
複雑な感情の入り交じった顔でちらりと窺うリュナンに、静かに首を左右に振って、
「仇の魔物はあの時オグマと共に倒した。今あそこにいるのは、王都騎士団所属の騎士、グラッセだ」
スタードは片方しかない藍鼠の目を穏やかに細め、微笑むのであった。
「勝負はついた。もうこんな事はやめて、王都に帰れよ、グラッセ」
こんな戦いをこれ以上続けても無意味だとデューが告げる。
……しかし、
「そう言われて誰が納得できるか」
ぴし、と氷に亀裂が走る。
もともと一時的に動きを止めるのが目的で作られただけのそれは、グラッセがもう少し力を入れれば砕けてしまいそうだ。
「俺を殺さないのか、リィム・ティシエールの仇である俺を!」
オグマを睨む同じ色の瞳は、激しい憤りを宿していた。
「オグマ・ナパージュ……俺はお前を倒すことだけを考えて生きてきた……お前の記憶をもち、お前に似せた姿で、お前の出来損ないの複製品でしかない俺は、そうでもしないと……殺せ! 存在を賭けた戦いに負けたんだ、俺にはもう生きている理由がない!」
「ふざけんじゃねえ!」
山が震えるかと思わせるような怒号が、その場にいた全員をぎくりと硬直させた。
「ガトー……?」
「そんなもんで生きている理由がねえとか、勝手に決めつけんな! それに、おめえは出来損ないの複製品なんかじゃねえよ!」
この場で唯一の非戦闘員であるガトーは今にも殴りかかりそうな剣幕でずかずかと踏み込むと、目を白黒させるグラッセの胸ぐらを掴んだ。
「おめえは“グラッセ”だ。自分で考えて、自分で動いてる。ただちっと、兄貴と一緒にものを見てきた時間が長かっただけだ。わかったか!」
「俺は……」
生きていて、いいのか?
ぽつりと零れたつぶやきと共に、グラッセの視界が歪む。
「グラッセ、泣いて……」
「! なんだこれは、どうして、」
自分の目から流れ落ちる温かい滴に戸惑うグラッセの頭を、子供にしてやるようにふわりと優しく撫でると、ガトーがにかりと笑う。
「ほら、ちゃあんとグラッセとして感じてんだろ?」
「ガトー……っ」
肉親のぬくもりを知らないグラッセの口から出たその名前は、父親を呼ぶような響きがあった。
もはや彼を拘束する必要のなくなった氷が、役目を終えて儚く砕け散る。
「……戦意、なくなったみたいですね」
「はらはらさせやがって、あのバカ……」
万が一に備えていつでも動けるよう構えていたスタードは、リュナンの言葉にほっと胸を撫で下ろした。
しかし次の瞬間、けど、と聞こえてきた声に顔をあげる。
「教官さんはいいんですか? 娘さんの仇だなんて言って……」
複雑な感情の入り交じった顔でちらりと窺うリュナンに、静かに首を左右に振って、
「仇の魔物はあの時オグマと共に倒した。今あそこにいるのは、王都騎士団所属の騎士、グラッセだ」
スタードは片方しかない藍鼠の目を穏やかに細め、微笑むのであった。