第四部・~束の間の安らぎ~

 魔学研究所にあるザッハの部屋は、しばらくのあいだ主を失っていたためか、心なしか空気が冷ややかに感じられる。
 今はその部屋のベッドを囲む形で、デュー達が集められていた。

「はは、いつかの時みたいだね……」

 ベッドに横たえられたザッハは上体を寄りかからせた状態で弱々しい苦笑いを見せる。
 彼が言う“いつかの時”とは、彼が初めて魔物化して暴走し、取り押さえられた時である。
 魔物だと思って攻撃して倒した相手が見知った人間だった衝撃と後味の悪さは、いつ思い出してもミレニアの顔を曇らせた。

「ザッハ、すまない……私が、魔物の肉体の調査を依頼したばかりに……」
「いいんだよ。久し振りに会えた君が頼ってくれたことは嬉しかったし、お互いに充分注意した結果だったからね……だって、あんな状態で動く魔物がいるとは思わないし、それに乗っ取られるとも思わないだろう?」

 だから、君は悪くない。

 ザッハは憑き物が落ちた穏やかな表情で、今にも泣きそうに俯くオグマにそう語りかけた。

「僕の方こそごめんね。オグマにもミレニアにも、トランシュやスタード、他のみんなにも、いっぱい迷惑かけたしひどい事をした……それに、世界が大変なことになった。僕が弱かったばっかりに」

 暴走していた時の記憶はしっかり残っていたようで、ザッハが申し訳なさそうに目を伏せる。

 と、

「……体の具合はどうだ、ザッハ」
「父上」

 やや遠巻きな位置にいたモラセスが進み出て、息子の様子をうかがう。
 反射で身を強張らせるザッハとの間には、まだぎこちない距離感があった。

「あの魔物は僕の体を捨てて行ったし、念のため浄化もして貰いました。今ではもう、この身に魔物の感覚はありません」
「そうではない。あれだけの期間乗っ取られ続けて、戦闘もして、怪我やその他の影響はないのかと聞いている」

 お前は俺と違ってひ弱だからな、とぶっきらぼうな物言いに父の心配が見え隠れして周囲の笑みを誘う。
 直後、まるで笑った者を睨むように振り返ったモラセスの迫力に、リュナンやシュクルが小さく跳ねた。

 その光景をきょとんと見ていたザッハの口元が緩み、堪えきれず吹き出した。

「ふふっ……そうですね。慣れない運動し過ぎて、ちょっと筋肉痛がひどいです」
「……そうか」

 まだまだ時間はかかるが、それでもぐっと近付けるかもしれない。
 ザッハの胸中には、そんな期待が生まれはじめていた。
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