~魔物に憂う街~

 アトミゼの山を下りてしばらく歩くと、街を見つけた。

「お、見えてきたの。あれがフォンダンシティじゃ」
「やっとふかふかのベッドで休めるわぁ♪」

 イシェルナが埃まみれの身体をぱたぱたとはたく。
 ここまでの道程、さすがに一日やそこらでは来られなかったので一行は夜の間は野宿をとっていた。
 宿屋と違い満足な休息は得られなかっただろう彼等にはそれなりの疲労が蓄積されている。

「何やら騒がしい街だな。人間が多くて余は好かん」
「あら、王都はまだまだこんなもんじゃないわよ?……ねぇ、オグマ?」
「あ、ああ……」

 久し振りに人里にやってきたのだろうオグマは人ごみをじっと眺めていた。

(確かにそうだが……こんなに人がいたか?)

 見れば街の住民に混じって戦士や術士などが歩いていた。

 と、その中の一人がこちらに気付き近寄ってくる。

「アンタらも魔物退治に来たのか?」
「魔物退治?……何の話だ?」
「ああ、違うか。そんなチビっこいガキ連れじゃあな」

 大柄な筋肉質の男は勝手に納得して豪快に笑うと去って行った。

 街の外へ消えていく男を目で追っていたデューは藍鉄の瞳を鋭く細める。

「……魔物退治がどうとか言ったな」
「まさか、デュー……えーと、とりあえず宿屋に行かんかの?」
「ああ、そうだな」

 ミレニアに促され、デューは渋々宿へ向かう。

「あらま、意外と気にするタイプねぇ」
「……だな」

 イシェルナとシュクルは呆れ顔を見合わせ、デューの後について行った。


―フォンダンシティ―

「ん~、ふかふかじゃ~♪」
「極楽極楽☆」

 宿へ着くなり女性陣は風呂へ直行し、そして念願のやわらかなベッドにダイブした。

「……まったく、行儀が悪いぞ」

 幸せそうな二人をシュクルがジト目で見た。
 ちなみにそんな彼も一緒に風呂上がりだったりする。

「だってねぇ?」
「じゃのぅ☆」

 と、部屋のドアが遠慮がちにノックされた。

「情報を集めてきた」
「あら、貴方達も随分働き者ねぇ……先に休めばいいのに」
「……入るぞ」

 ガチャリ、と扉を開けたのはデュー。
 後ろにはオグマもいた。

「街の南にある小さな洞窟で魔物が出たらしい」
「うん? 魔物くらい出るじゃろ?」

 ミレニアの質問はもっともだが、デューは静かに首を振る。

「ここ最近急激に活動が活発化し、中には一際狂暴なものもいるという……皆そいつに手を焼いているそうだ」
「そこの洞窟ではこの街の名産品と言われるものが採れる。だから放っておく訳にもいかないんだ」

 オグマが付け足すとシュクルがむむっと唸る。

「だが放っておいても先には進めるであろう?」
「それはデューの気が済まんからのー」

 そうじゃろ、と見やれば案の定だった。
 小柄な剣士はよほど子供扱いされたのが気に食わなかったのだろう。

(一応事実なんじゃがの……まぁあんな奴に馬鹿にされたままなのも癪じゃな。)

 ミレニアは密かに溜息を吐いた。

「でもデュー君、記憶探しの旅はどうするの?」
「別に急ぎの旅じゃない。どこに手掛かりがあるかなんかわからないからな」
「それもそっか……ま、あたしは構わないわよん☆」

 イシェルナの言葉にオグマも頷く。

「……私もだ。何より街の人が困っているなら力になりたい」
「まるで王都の騎士みたいじゃの~」
「というか、案外そうなんじゃないのか?」

 ふいに視線が集まり、オグマは苦笑した。

「あ、その……元、な」
「昔受けた傷が原因で、って所かしら?……それでも充分強いと思ったけど。なんで隠居なんてしていたのかしらん?」

 イシェルナはオグマの、空っぽの右袖に視線を送る。
 確かに騎士のように剣や槍を振るって戦う事は難しいが、それでも彼の腕前はそこらの騎士より上かもしれない。

「わ、私の事はいい……風呂に入らせて貰う」
「あ、オグマ!……オレも行ってくる」

 慌てて風呂場に向かうオグマを追ってデューも続く。

 去り際に視線で「あまりあいつを苛めるな」と訴えて。

「どうにもおカタイわねぇ……」
「じゃの」

 くすくす笑うイシェルナに、シュクルは心底元騎士の男を気の毒に思うのだった。
1/5ページ
スキ