~影は語る~

 光あるところ影もまた存在する。

 人知れずアラカルティアを見守る“影”であるマンジュの民がひっそりと暮らす島に高く聳える塔の内部は昼なお暗く空気も重々しく、外界から切り離されたような印象を受けた。

「ここが……宵闇の塔」

 外から見るより狭いように思える出入り口付近は殺風景で、ぽつんと階段がひとつあるだけだ。
 その名の通り闇のマナが満ちているのか、辺りには黒い霧がたちこめて……

「待ってください! 黒いもやが形を変えて……」
「魔物か!?」

 フィノが示した先で蠢く闇は変形し、人の形をもって現れる。
 白い肌に、どこかで見たような紫黒の髪の少女。
 ただし身なりはぼろぼろで傷ついた裸足が痛々しく、髪と同じ色の瞳には影が落ち、もともとの顔立ちは美少女なのだろうが表情が死んでしまっている。

 誰かに似ていて、しかし決定的に違う。

「うそ……」
「イシェルナ?」

 いつもは陽気なイシェルナからあがった声は震え、目の前の少女を拒絶するように二、三歩あとずさる。

「この子……昔の、あたし……?」
「ええっ、この陰気そうな子がですか!?」

 髪や目の色は同じだが、あまりにもかけ離れた姿にリュナンから正直すぎる声があがった。

『イシェルナ……私は貴女の過去、闇そのもの』

 少女の高い、だが抑揚のない声が耳を打つ。
 己の声など聞く機会がないため、イシェルナにはそれがとても奇妙なものに感じられた。

「……懐かしい気分に浸らせてくれるのは結構だけど、あたし達急いでるのよ」

 しかし少女から返事はなく、無言で階段をのぼり二階へと消えていってしまう。

「……なんなのよ、もう」
「イシェルナ……」
「行くわよ。行けばいいんでしょ」

 焦燥からくる舌打ちが、形の良い唇から漏れた。
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