第三部・~絶望は突然に~

 戦いは終わり、聖域に静寂が戻る。
 見つめあうかつての恋人同士は、片や実体を失い、片や老いた身に魔物を宿し互いに変わり果てた姿になっていたが……

 ようやく逢えた二人に、再び別れが迫っていることを、外部者であるデュー達にもその空気でどことなく感じさせていた。

「帰りなさい、モラセス」

 光の壁の内部からひどく落ち着いた声音でカミベルが告げる。
 けれども伏せられた睫毛の下の花緑青の瞳には、はっきりと物寂しさが滲んでいた。

「貴方の居場所は“そこ”よ。此処じゃあないわ」
「……わかっている」

 視線で騎士であるスタードを示して彼女が言う居場所とは大陸の中心に位置する王都と、騎士達が護る城。

 空席の玉座は、王の帰りを待っている。

 結界の巫女は、聖域を離れられないさだめ。

「また逢えて、嬉しかったわ」
「俺もだ、カミベル……」

 禍々しい魔物と化した王の体もミレニアとシュクルの聖依術で浄化され、徐々に元の姿に戻りつつあった。
 もうこれで、暴走して魔物に乗っ取られるようなことはないだろう。

……終わったのだ、全て。

「さて、そんじゃモラセス王の回復を待ってから、転移術で送り返してやろーかの」
「すまんな、帰りは飛んでいく訳にはいかない」

 長毛の巨躯がのそりのそりと王に近付く。
 聖依獣の長、ムースの力なら遠く離れた王都まで王を転移させることができるようだ。

「今すぐ帰ったらみんなびっくりしちゃいますもんね」
「魔物が体内で活動しとる時は治癒術は効かんからのー。まだ浄化に抵抗しとるから待たんといかん」

 王の中でよほど強力な力を得たのだろうか、なかなか消えない黒い皮膚がまだらに残る自らの腕を見つめ、モラセスは赤眼を細めた。

(こいつが消えたら、今度こそ今生の別れだろうな……)

 決して犯してはならない罪に危うくあと一歩で手をかけるところだったのだが、カミベルの顔を見られ、声を聞けた事実に胸中は複雑で。

 しかし……

「なにお一人だけ、いい思いをなさってるんですかァ?」

 穏やかな時間は、長くは続いてくれなかった。

 空のない聖地の高くから響き渡る声に顔を上げると、翼を生やした黒い影が現れ……

「そん、な……なんで……」

 そこにいた人物の姿をみとめると、ミレニアのルビー色の大きな目が、驚愕と絶望に見開かれた。
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