~世界の狭間へ~
シブースト村の古びた孤児院から大人数の珍客が去って、翌日のこと。
職員の寝泊まり用に使われていた部屋で、淡黄の長い髪を緩く括った眼帯の男がベッドから上体を起こした状態で子供達に囲まれていた。
その手には読み聞かせをせがまれたのだろう、絵本が開かれている。
戦いから離れた騎士の顔は穏やかで、子供達に送るまなざしは優しげだ。
「なーなー、剣みせてよ剣!」
男児が壁に立て掛けられた長剣に視線を送りながら、騎士……スタードの腕を引く。
「どうやったら騎士になれるの?」
そう尋ねたのは少女だった。
まだまだままごとや人形あそびに興じている年頃の女子が騎士に興味をもつのが意外で、スタードは首を傾げる。
「君は騎士になりたいのか?」
「だってそうしたらみんなを守れるから」
幼い娘の迷いのない返答に、胸が締めつけられる思いを表面に出さないように笑顔を作りながらその頭をくしゃりと撫で、語りかける。
「それは立派な志だ。けど騎士は危険がいっぱいだ。私は、君のような子が騎士になるのはつらいな」
「どうして?」
この場で即座にあどけない子供の夢を打ち砕くのもいかがなものか、と言葉を選ぼうとしていたスタードだったが、
「そうやって志を貫いて死んだ娘がいたからか」
子供でも、食事を運びに来た院長のものでもない気配に部屋の入り口のほうに目を向けると、このほのぼのとした場に似つかわしくない、白銀の仮面に黒ずくめの騎士が現れた。
ちびっこ達は彼の登場にわめきながら蜘蛛の子を散らすように部屋を飛び出したり、スタードの後ろに隠れてしまった。
「グラッセ、もう来たのか。昨日の今日だぞ」
「いつまでも寝込むような柔な男ではないだろう。どうせ隙を見て抜け出すつもりでいたのだからな」
やや目尻の下がった藍鼠の目が、図星に大きく開かれる。
「……ばれていたか」
「殺されるとわかっていて単身でここまで来るような男が、今更これ以上無茶を重ねたところで驚かない」
「いや、殺されるだろうとは思っていたがな……実際は生かされた」
おろした瞼の奥には、つい先日の、変わり果てた主君との戦いが甦っていた。
今思えばああまで力の差があって一方的なのは明らかだったのに、たまたまデュー達が通りかかって助けてくれたとはいえ、こうしてスタードが生きていられるのは不思議な話だ。
「回避も防御も出来ないあの場面で、終わらせると言いながら即死ではなかったんだからな……それ以外にも、あの戦いの中で私を殺す機会は王にはいくらでもあった」
「だから、もう一度追いかけると? 殺さないのは警告のつもりだったんだろう。次はないと思うが……」
「それでも、じっとしてはいられんのだ」
真剣な瞳の強い光がグラッセの知る記憶の中のそれと重なり、彼は呆れながら「頑固なところは父娘そっくりだな」と内心で呟くのだった。
職員の寝泊まり用に使われていた部屋で、淡黄の長い髪を緩く括った眼帯の男がベッドから上体を起こした状態で子供達に囲まれていた。
その手には読み聞かせをせがまれたのだろう、絵本が開かれている。
戦いから離れた騎士の顔は穏やかで、子供達に送るまなざしは優しげだ。
「なーなー、剣みせてよ剣!」
男児が壁に立て掛けられた長剣に視線を送りながら、騎士……スタードの腕を引く。
「どうやったら騎士になれるの?」
そう尋ねたのは少女だった。
まだまだままごとや人形あそびに興じている年頃の女子が騎士に興味をもつのが意外で、スタードは首を傾げる。
「君は騎士になりたいのか?」
「だってそうしたらみんなを守れるから」
幼い娘の迷いのない返答に、胸が締めつけられる思いを表面に出さないように笑顔を作りながらその頭をくしゃりと撫で、語りかける。
「それは立派な志だ。けど騎士は危険がいっぱいだ。私は、君のような子が騎士になるのはつらいな」
「どうして?」
この場で即座にあどけない子供の夢を打ち砕くのもいかがなものか、と言葉を選ぼうとしていたスタードだったが、
「そうやって志を貫いて死んだ娘がいたからか」
子供でも、食事を運びに来た院長のものでもない気配に部屋の入り口のほうに目を向けると、このほのぼのとした場に似つかわしくない、白銀の仮面に黒ずくめの騎士が現れた。
ちびっこ達は彼の登場にわめきながら蜘蛛の子を散らすように部屋を飛び出したり、スタードの後ろに隠れてしまった。
「グラッセ、もう来たのか。昨日の今日だぞ」
「いつまでも寝込むような柔な男ではないだろう。どうせ隙を見て抜け出すつもりでいたのだからな」
やや目尻の下がった藍鼠の目が、図星に大きく開かれる。
「……ばれていたか」
「殺されるとわかっていて単身でここまで来るような男が、今更これ以上無茶を重ねたところで驚かない」
「いや、殺されるだろうとは思っていたがな……実際は生かされた」
おろした瞼の奥には、つい先日の、変わり果てた主君との戦いが甦っていた。
今思えばああまで力の差があって一方的なのは明らかだったのに、たまたまデュー達が通りかかって助けてくれたとはいえ、こうしてスタードが生きていられるのは不思議な話だ。
「回避も防御も出来ないあの場面で、終わらせると言いながら即死ではなかったんだからな……それ以外にも、あの戦いの中で私を殺す機会は王にはいくらでもあった」
「だから、もう一度追いかけると? 殺さないのは警告のつもりだったんだろう。次はないと思うが……」
「それでも、じっとしてはいられんのだ」
真剣な瞳の強い光がグラッセの知る記憶の中のそれと重なり、彼は呆れながら「頑固なところは父娘そっくりだな」と内心で呟くのだった。