~見守りし者~

 王都から外に出てほどなくすると、一見目立たない……というより、目立たなくなるよう工夫を施したのであろう場所に地下への入り口が存在していた。

 そう簡単には見付からないとはいえ王都のすぐ近くにあるそれは、マンジュの民のみが知るという入り組んだ洞窟“九頭竜の路”だ。
 こんな調子で世界中に張り巡らされていることを考えると、確かに秘密の通路というのも頷ける。

「こんな所にもあったなんて……」
「人目につかず出入りができて、いろんな所に繋がってて……万が一悪用されでもしたら一大事だな」

 階段を下りながらデューが呟くと、カッセが静かに首を縦に振った。

「なればこそ、マンジュの民はこの路を使い世界を見聞きしているのでござろう」
「こう言うのもなんだけど……敵に回したくはないもんだぜ」

 それを聞いた二足の聖依獣がくくっ、と覆面の下で笑う。

「安心しろ、マンジュの民はあくまで見守る者……観測者だ。彼等が動くとすればそれは世界を危機から守るため……今回のようにな」

 衣装の一部のように見せかけている尻尾も、正体を知られた仲間しかいないここではゆらゆらと気ままに動く。
 少しは心を開いてくれているのだろうか、とデューはそれを目で追った。

「ま、ちょっと怖いなーとは思っちゃうわよ。情報は使い方次第で強力な武器になるんだから」

 軽やかな靴音を響かせながらイシェルナが視線を巡らせる。
 マンジュの里から入った時とさほど違いのない内部に、どこもこんな造りなのだろうかと口許に手を置いた。

「例えば、リュナンが何歳までおねしょしてたか……なんて知られてたらドキッとするでしょ?」
「うええなんでそんな例出すんですか姐さん」

 予期せぬ話題の振り方で、ふいうちに素っ頓狂な声が出た。

「まぁそれは冗談として、知られたくない秘密は誰にでもあるものよ」
「個人単位とは限らんしのう」

 うんうんと同意するミレニアに、それにしても例が微妙なんじゃないかと思いつつも言わないデュー。
 すると先頭を進んでいたカッセの足がふいに止まった。

 少し狭まった向こうに長い長い通路が待ち受けているのであろう、その手前。
 彼の眼前、胸くらいの高さのテーブル……否、何かの装置だろうか。
 仄かに発光するパネルに、小さな手が乗せられる。

「これが、近道?」
「ああ」

 ヴォン、と形容しがたい音が鳴り、卓上に光が走る。
 慣れた所作で手早く指を滑らせると、パネルの全面が光り、真横の壁が一ヶ所動いた。

「“転移陣”だ。これに乗ればマンジュまでは瞬時に行ける」
「そんなものがあるなんて……ここはいったい?」

 離れた場所に一瞬にして移動する術があるらしい事は耳にしていたが、現在人間が扱えるのはせいぜい短距離の移動術。
 だがこれは遠く……それも大陸単位の距離だという。

「拙者もそこまではわからん……とにかくこの陣の上へ」
「なんだか眉唾ですねえ」

 ならばと最初にカッセが地面に描かれた円の上に乗って見せる。
 小柄な体躯は光に包まれ、吸い込まれるように消えていった。

「おお、ドキドキなのじゃ」
「ちょ、ちょっと怖いけど……」

 他の仲間たちも続き、次々に転移していく。
 誰もいなくなってからゆっくりと壁が元の位置に戻り、転移陣を隠した。

 さっきまで騒がしかったそこは、嘘のように静まり返るのだった。
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