~妖花蠢く森~

 ある森には、旅人を惑わす美しい魔物が住むという。

 普段は人間の女性の姿を模していて、その美貌と魔力で虜にした獲物を捕らえ、巣に引き摺り込んで食べてしまう……という話だ。


 君子危うきに近寄らずとは言うが、この森が街と街の間にあり、ちょうど近道にあたるためそこを通る者も少なくない。

 そして、遭遇した者は例外なく帰って来ていない。

「それで、魔物退治の依頼が来ている……という訳だ」
「……くだらん。人間のために働くなど……」

 氷狼の説明に、火蜥蜴は不満そうにしていた。

「生活費を稼ぐためだ。それに、放って置けないだろう?」
「ふん……どこまでもお人好しな奴だな、貴様は」
「嫌ならお前は留守番していてもいいんだぞ、ガナ?」

 もともと一人でやっていた仕事だ。ガナシュがいなくてもさほど問題はないだろう。

 だがファングのそんな一言に、緋色の瞳が一層鋭くなる。

「弱っている身の貴様が一人で魔物退治だと? 聞けば突然倒れる事もあるそうじゃないか。そんな奴に任せておけないから来てやったんだぞ」

 要約すると「心配だからついて来た」。
 尊大な物言いが実に彼らしくてついついファングの表情が緩む。

「……すまん、冗談だ。来てくれて心強いよ、ガナシュ」
「ふ……ふん、情けない奴だ!」

 目も合わせずにずんずん先に行ってしまうガナシュ。

 ファングも愛用の太刀を手に、暗い森へと足を踏み入れた。
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