~氷狼と火蜥蜴~

 街中で懐かしい空気を感じ、ふと立ち止まった。

 誘われるようにふらふらと人気のない路地へと足を運べば、薄暗い行き止まりに突き当たる。

「……誰も、いる訳がない……か」

 冴えたアイスブルーの瞳に寂しげな光を宿し、ファングは自嘲気味に呟いた。

 ……有り得ない、と。

 紫煙を吐き出し、踵を返したその時。

「……フン。随分鈍ったようだな『フェンリル』」
「!! ……その声、まさか……っ」

 右頬の傷も特徴的な赤毛の男は、獰猛な獣を思わせる笑みでゆっくりとファングに歩み寄った。

「……『サラマンダー』……ガナシュ、か?」

 しかしそれには答えず、男は乱暴にファングの胸倉を掴み、引き寄せる。

「う……っ」
「貴様……人間のニオイが染み付いているな」

 眼光鋭い緋色の瞳が、真っ直ぐにファングを捉えている。

「人間などと馴れ合うから、俺の気配にも気付かぬうつけになる…………奴等が俺達にした事を忘れたか!?」
「ぐあっ!?」

 怒りに任せて壁に叩き付けられ、堪らず顔をしかめる。

「お、おいガナシュ……そんなに声を荒げるな!」
「フン! こそこそ盗み聞きなどしている奴に聞かれる、か? 聞かせてやればいい」

 その言葉に、物陰でびくりと影が動いた。

「……やれやれ、キミのお友達は随分と乱暴だね」
「…………ファング……」

 現れた影は、ふたつ。
 暗茶髪の相棒と、金髪の青年だ。
 気配で気付いていたものの、内心で舌打ちをした。

「逃げろ、クレイン、ルーツ! コイツは……」
「……逃げる? 冗談でしょ、ファング」

 天才魔法技師の纏う空気が、不敵な微笑と共に変わった。

「そこのお友達には一度きっちり話をつけなきゃいけないね……力づくでも」
「ふん、やれるとでも?」

 お互い一歩も退かない本気のムード。
 それがわかるだけに、板挟み状態のファングは二人の間で盛大に溜息をつくのだった。
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