EX~軍人だってきもだめし~
――誰もいなくなった夜の軍施設内は静かで、不気味だ。
普段ならば近寄りたくもないし、そもそも仕事が終われば一刻も早く気持ちを切り替えたいシゲンはいつもサクサクと職場を離れていた。
ただ、その日に限っては、不覚にも忘れ物をしてしまって戻らざるを得なかったのだ。
「よりによって鍵忘れるなんて俺のドジぃ……諦めて帰ることも出来ないじゃないっすかぁ」
気付いて引き返したものの時間はすっかり遅く、よく見知ったはずの職場は人気のなさと暗さでこうも雰囲気が変わるものかと溜め息が出る。
唯一の救いと言えば、
《キズナの兄ちゃんやサードのおっさんのとこに一晩泊めて貰や良かったんじゃねえか?》
「あ……クルヴィス、それもうちょっと早く言ってくれやせんかねぇ……」
《わりぃ、おれさまも今気付いたんでい》
シゲンの肉体に埋め込まれた魔石が、話し相手になってくれていること。
姿は見えないが確かに感じる存在が今は心強く思えた。
それこそ、端から見れば独り言の多い不審人物と言われてしまっても仕方のないことだが……今ならそれも気にせず思う存分話せる。
「……ま、隊長や司令に迷惑はかけられないし。ここまで来たらとっとと鍵を回収してとっととずらかりやすよ」
《シゲン、もしかしてお化け怖》
「ず・ら・か・り・や・す・よ!」
クルヴィスの問いを遮って、むしろ自分に言い聞かせるように宣言するとシゲンは辺りに気を配りながら抜き足差し足で自分のデスクに向かう。
人間ばなれした上司達には一歩及ばないが精鋭部隊の副隊長を務めるシゲンの能力の高さを無駄に発揮させながら、目標にあと少しというところまで近付いた、その時だった。
――……フ、……アハハ……――
鍵に手を伸ばそうとして動きが止まる。
誰もいない“はず”の支部に、明らかに聞こえた自分達以外の声。
「くっ、クルヴィス、何か言いやしたか……?」
《い、いや、何も》
笑い声らしきそれは相方にもわかったらしく、彼の肉体が存在していれば互いに顔を見合わせていたであろうが、擬似的に視線を横に向けた。
すると先程よりもはっきりと、話し声が廊下に響いて……
《……これぁ、アレだ。気のせいでも何でもねぇな》
「ぎゃあぁぁぁお化けぇぇぇぇぇぇ!」
みるみる青ざめた大柄な成人男子はあられもない悲鳴をあげ、一目散に逃げ出してしまう。
《あっこら! 鍵忘れてるぜ鍵ー!》
そう呼び止めたところでクルヴィスにはどうすることも出来ず、ただ全力疾走する宿主に任せるしかなかった……――
『……ってことがあったんでい』
「面目ないっす……」
夢中で支部を飛び出し、結局鍵を回収出来なかったシゲンは情けなくなりながらもおずおずと寮にある上司……キズナの部屋を訪ねる。
急な来訪に訝るキズナには、クルヴィスが宿主の身体を借りて事情を説明した。
「せっかく鍵を取りに行ったのにお化けに驚いて逃げ帰ってしまったから一晩泊めて欲しいと」
「うぐ……はい、そうです」
話終わる頃には冷静さを取り戻したシゲンが、しょんぼりと肩を落とす。
「お化けか……どうせロキシー殿でもいたんじゃないのか?」
少し考え込んだかと思えば見も蓋もないことを言い出すキズナに思わずずっこけるシゲン。
「ち、違いやすよ!……そりゃそれはそれで怖いですけど……俺が聞いたのはアハハって笑い声っすよ!?」
「なるほど、それはロキシー殿だったら怖いな……不審者が侵入したのか?」
「あっ」
雰囲気に呑まれてついつい思考が非現実染みた方向にいってしまったが、通常そう考えるのが自然なのではないか。
すっかり失念していたシゲンは赤面しながら、気まずそうに視線を彷徨わせた。
普段ならば近寄りたくもないし、そもそも仕事が終われば一刻も早く気持ちを切り替えたいシゲンはいつもサクサクと職場を離れていた。
ただ、その日に限っては、不覚にも忘れ物をしてしまって戻らざるを得なかったのだ。
「よりによって鍵忘れるなんて俺のドジぃ……諦めて帰ることも出来ないじゃないっすかぁ」
気付いて引き返したものの時間はすっかり遅く、よく見知ったはずの職場は人気のなさと暗さでこうも雰囲気が変わるものかと溜め息が出る。
唯一の救いと言えば、
《キズナの兄ちゃんやサードのおっさんのとこに一晩泊めて貰や良かったんじゃねえか?》
「あ……クルヴィス、それもうちょっと早く言ってくれやせんかねぇ……」
《わりぃ、おれさまも今気付いたんでい》
シゲンの肉体に埋め込まれた魔石が、話し相手になってくれていること。
姿は見えないが確かに感じる存在が今は心強く思えた。
それこそ、端から見れば独り言の多い不審人物と言われてしまっても仕方のないことだが……今ならそれも気にせず思う存分話せる。
「……ま、隊長や司令に迷惑はかけられないし。ここまで来たらとっとと鍵を回収してとっととずらかりやすよ」
《シゲン、もしかしてお化け怖》
「ず・ら・か・り・や・す・よ!」
クルヴィスの問いを遮って、むしろ自分に言い聞かせるように宣言するとシゲンは辺りに気を配りながら抜き足差し足で自分のデスクに向かう。
人間ばなれした上司達には一歩及ばないが精鋭部隊の副隊長を務めるシゲンの能力の高さを無駄に発揮させながら、目標にあと少しというところまで近付いた、その時だった。
――……フ、……アハハ……――
鍵に手を伸ばそうとして動きが止まる。
誰もいない“はず”の支部に、明らかに聞こえた自分達以外の声。
「くっ、クルヴィス、何か言いやしたか……?」
《い、いや、何も》
笑い声らしきそれは相方にもわかったらしく、彼の肉体が存在していれば互いに顔を見合わせていたであろうが、擬似的に視線を横に向けた。
すると先程よりもはっきりと、話し声が廊下に響いて……
《……これぁ、アレだ。気のせいでも何でもねぇな》
「ぎゃあぁぁぁお化けぇぇぇぇぇぇ!」
みるみる青ざめた大柄な成人男子はあられもない悲鳴をあげ、一目散に逃げ出してしまう。
《あっこら! 鍵忘れてるぜ鍵ー!》
そう呼び止めたところでクルヴィスにはどうすることも出来ず、ただ全力疾走する宿主に任せるしかなかった……――
『……ってことがあったんでい』
「面目ないっす……」
夢中で支部を飛び出し、結局鍵を回収出来なかったシゲンは情けなくなりながらもおずおずと寮にある上司……キズナの部屋を訪ねる。
急な来訪に訝るキズナには、クルヴィスが宿主の身体を借りて事情を説明した。
「せっかく鍵を取りに行ったのにお化けに驚いて逃げ帰ってしまったから一晩泊めて欲しいと」
「うぐ……はい、そうです」
話終わる頃には冷静さを取り戻したシゲンが、しょんぼりと肩を落とす。
「お化けか……どうせロキシー殿でもいたんじゃないのか?」
少し考え込んだかと思えば見も蓋もないことを言い出すキズナに思わずずっこけるシゲン。
「ち、違いやすよ!……そりゃそれはそれで怖いですけど……俺が聞いたのはアハハって笑い声っすよ!?」
「なるほど、それはロキシー殿だったら怖いな……不審者が侵入したのか?」
「あっ」
雰囲気に呑まれてついつい思考が非現実染みた方向にいってしまったが、通常そう考えるのが自然なのではないか。
すっかり失念していたシゲンは赤面しながら、気まずそうに視線を彷徨わせた。