~気になる気配~

――――実験施設の“処分所”に、ゴミのように打ち捨てられていた青年。
 微かに残る生の気配を感じ取れたのは熟練した気功術の使い手であるカムロギだからこそだったのだろう。

「こりゃ、生きてるのが不思議なくらいだね。アタシの術じゃ蘇生は厳しいか……けど、あの子ならひょっとしたら」

 うっすら聴こえた呟きは、意識の水面に小さな石を投じた。

 石は波紋を生み出し、それは静かに拡がっていく。

 死ぬのは、嫌だ。

 ひょっとしたら、という言葉から受ける希望の切れ端にすがるように、無意識に命を繋ごうとした――――




神露樹カムロギさん、外出ですか?」

 軍の中央本部、玄関にて。
 すきっとした流水柄の着流しに杖ひとつ、あとは帽子だけという軽装で出掛けようとするカムロギの背後から、青い三つ編みを揺らしながら同じくらいの背丈の青年が駆け寄った。

「ああ、薙沙ナギサか。ちょいと支部まで可愛い子犬を見に、ね。アンタも来るかい?」
「神露樹さんにかかればサードも子犬かぁ……あ、俺も行きます!」

 カムロギとナギサ、二人は上司と部下という関係だけでなく、気功術の師弟でもある。
 見た目はがさつそうでいて繊細な気の扱いに長けているナギサは、カムロギに鍛え上げられ、気功術での治療と治癒術の併用ができる優れた使い手となった。

「今日はクロは一緒じゃないんですか?」
「ああ、テツなら休みがずれちまったからね。任務中さ」

 クロ、テツとそれぞれ違う名前で呼ばれたのは鉄と書いてクロガネという名の、カムロギの部下だ。
 二人に噂された彼は今頃遠くでくしゃみをして、首を傾げているかもしれない。
 壁のような大男のそんな姿を思い浮かべると、妙に可笑しかった。

「お一人じゃ危ない、なんて言ったら怒りますよね」
「はん、年寄り扱いすんじゃないよ。それに一人で危ないのはアンタの方じゃないのさ。あの狸から聞いたよ」

 露草色の鋭い目と共に切り返され、ナギサは言葉を詰まらせた。

 師が言う狸……上司のワゴナーから、森で迷子になった話を聞いたのだろう。
 ナギサの致命的な弱点は、単純な戦闘能力などではなく、わざとじゃないかと思われるレベルの方向音痴だ。

「あ、あれは……最終的に会えたから、だいじょうぶ、です」
「……」

 苦しい言い訳に、案の定カムロギが呆れた顔になる。

 正直な話、どうやってワゴナーと会えたのかナギサにはわからない。
 途中で“白衣の悪魔”と噂されるお化けと特徴が一致した男と出会い、話したあたりから記憶が曖昧だった。

 実は待ち合わせ場所と反対方向の入り口をうろついていた、などという事実は、本人は知らないまま。

(悪い奴じゃないと思うんだけど……よくわからない奴だったな)

 行くよ、と師に促されたナギサは思考を引き戻し、その後をついていった。
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