~棄てられたモノ~

――悪夢はいつも、同じ場面から始まる。

 薄暗い部屋の天井、光源を背に覗き込む人影。

『サア、始メヨウカ』

 ぞく、と背筋を震え上がらせる声に本能がやかましく警鐘を鳴らすも、四肢を含めた全身は固定されてぴくりとも動かず申し訳程度に身を捩ることすら許されない。

 そこから先の記憶は、苦痛と恐怖に覆い尽くされてブラックアウトしていき、次に目覚めた時には……

『酷いとこだね……苦しみと哀しみが渦巻いている』

 さっきとは、違う声。

 うすぼんやりした意識の中でそれは次第に近付いてくる。

 ひどく、寒い。
 なにかが肌に触れている感触はあるが、冷たい。
 全身あちこち痛む。右足に至っては途中から感覚がない、ような気がする。
 体は動かず怠く重く、そのまま眠ってしまいそうだ。

……その時だった。

『おや、まだ息があるじゃないか』

 優しい露草色と揺れる紫苑。

 僅かに開いた目でその色を認めると、再び意識が沈んでいった――



 真昼だというのに陽の光も届かず鬱蒼とした森の中、自然にできた道を歩く男が二人。

 狼のたてがみを思わせる黒に近い灰色の髪にアイスブルーの目は今は獣の鋭さを内に秘め、周囲を警戒している。
 もう一人は紅蓮の髪と褐色の肌、野性を隠しもせずぎらついた緋色の三白眼。

「通報があったのはこの辺りか……」
「なかなか見付からんな……鬱陶しい木々の一本や二本、焼き払ってやろうか?」

 物騒な発言をする赤髪の男に、もう一方が呆れた顔を向けた。

「……そんな顔をするなフェンリル、冗談だ」
「どうだか……あんま勝手なことしたら次は留守番だからな」

 フェンリル、と呼ばれた男の本当の名前はファング。
 もう一人の男、ガナシュと同じく人間の家に居候している魔獣だ。

 窘められて不機嫌丸出しになる困った男はこう見えてファングの兄がわりを自称しているのだが……

「もう少し奥へ進んでみるか」
「む、この臭いは……俺は向こうへ行く、貴様はそのまま進んでいろ!」
「あっ、おい!」

 言うが早いかガナシュは身を低くすると反動をつけ、一気に深い緑に飛び込んで姿を消した。

「……勝手なことするなって言ったばかりなのにあの馬鹿ガナ……しょうがない、俺は俺で標的を探すか」

 ガナシュの方は多少はぐれても、その気になれば自前の嗅覚で追えるだろう。
 森はなかなかに広大で、手分けした方が早いのもまた事実だ。

 はぁ、と嘆息をひとつ吐き出すとファングは標的……彼等の収入源となる賞金首の魔物を探して歩き出した。
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