~狐と狸~
緑、色濃く茂る森。
街から離れ、街道からもやや外れたところにあるそこは、街への近道に使われることがしばしばあったが最近起きた魔物騒ぎのせいで人が立ち寄ることは稀だ。
そんな危険な場所に小柄な影と大柄な影がひとつずつ。
「アタシ一人でいいって言ったろ、テツ!」
「テツじゃなくてクロガネです。いけません一人歩きは!」
草木を分け入って、早足で進みながら口論を繰り広げる軍人二人に近寄ろうなんて魔物はいない。
唯一いるとすれば…
「件のヒュージドラゴン、彼の様子を見に来たんでしょう?」
先を歩く小柄な和服の男性が、足を止める。
振り返る動きに合わせて紫苑の髪が揺れ、大柄な男を見上げる露草色の瞳が不服そうに細められた。
「だったらどうだってんだい? 太郎丸は寂しがりやなんだよ」
「いつの間に名前まで……ああもう、そんな事だろうと思いましたよ」
大柄な男の眉間に刻まれた皺がより深くなり、ただでさえ本人が気にしている老け顔をさらに加速させる。
この、奔放で一見すると軍人に見えないカムロギと見るからにガチガチの軍人クロガネが、数日前に助けたヒュージドラゴン……どうやらカムロギは太郎丸と命名したらしいが。
のんびり屋で人懐っこいあのドラゴンなら、むしろカムロギ達の姿を見付けたらまっしぐらに飛び込んでくるだろう。
一度言い出したら退かないこの上司をどうしたものかとクロガネは渋い顔をする。
「貴方は甘やかし過ぎなんです。会いに行ったら余計に別れがたくなるでしょう?」
「彼の言う通りだよ、シグレ」
包み込むようなほんわかとした声にクロガネが振り向くと、そこには見たところカムロギと同じくらいか少し上の年齢で、対照的に丸いシルエットの男がいた。
カムロギが狐を連想するような外見なら、この男はさしずめ狸といったところか。
プラチナブロンドの髪を後ろに撫でつけ、眼鏡をかけた、恰幅の良い男。
柔和な顔立ちににこやかな笑顔はよく浮かべるのだろうか、目尻には笑い皺が刻まれている。
「なんでこんなとこにいるんだい、ワゴナー?」
「なんでって……気晴らしの散歩だよ。森林浴さ」
ワゴナー・ヴァレット。
カムロギと同じく軍の中央本部所属の軍人で、彼にとっては昔なじみの腐れ縁である。
「はん、散歩にしちゃあ供もつけずにずいぶんなとこまで来たじゃないか。ここらでつい最近魔物騒ぎがあったのを知ってるだろう?」
「そうだね、報告書なら読んだよ。魔物は君たちによって無事こらしめられました、ってね」
だから、安全なんだろう?
笑顔のまま言外にそう含まれ、カムロギは苦々しく眉をひそめた。
(また始まった……仲はいいはずなんだけどな、このお二人は)
などとクロガネが頭を抱えていると「ああ、そうそう」とワゴナーが口を開く。
「君の子犬、サードニクス君だっけ? 彼のところに僕の部下が行っててね」
「アンタの部下……ああ、薙沙かい? アンタまさかそれでここまで……」
「親バカみたいなものさ。付き添いは必要ないなんて言われたけど、心配でつい、ね。ああそれともこの道を行けば君に会えそうな気がしたから、なんて言った方が良かったかい、シグレ?」
うそぶく狸の表情は読めない。
「言ってな、真っ黒たぬきめ」とカムロギはうんざりした様子で吐き捨てた。
街から離れ、街道からもやや外れたところにあるそこは、街への近道に使われることがしばしばあったが最近起きた魔物騒ぎのせいで人が立ち寄ることは稀だ。
そんな危険な場所に小柄な影と大柄な影がひとつずつ。
「アタシ一人でいいって言ったろ、テツ!」
「テツじゃなくてクロガネです。いけません一人歩きは!」
草木を分け入って、早足で進みながら口論を繰り広げる軍人二人に近寄ろうなんて魔物はいない。
唯一いるとすれば…
「件のヒュージドラゴン、彼の様子を見に来たんでしょう?」
先を歩く小柄な和服の男性が、足を止める。
振り返る動きに合わせて紫苑の髪が揺れ、大柄な男を見上げる露草色の瞳が不服そうに細められた。
「だったらどうだってんだい? 太郎丸は寂しがりやなんだよ」
「いつの間に名前まで……ああもう、そんな事だろうと思いましたよ」
大柄な男の眉間に刻まれた皺がより深くなり、ただでさえ本人が気にしている老け顔をさらに加速させる。
この、奔放で一見すると軍人に見えないカムロギと見るからにガチガチの軍人クロガネが、数日前に助けたヒュージドラゴン……どうやらカムロギは太郎丸と命名したらしいが。
のんびり屋で人懐っこいあのドラゴンなら、むしろカムロギ達の姿を見付けたらまっしぐらに飛び込んでくるだろう。
一度言い出したら退かないこの上司をどうしたものかとクロガネは渋い顔をする。
「貴方は甘やかし過ぎなんです。会いに行ったら余計に別れがたくなるでしょう?」
「彼の言う通りだよ、シグレ」
包み込むようなほんわかとした声にクロガネが振り向くと、そこには見たところカムロギと同じくらいか少し上の年齢で、対照的に丸いシルエットの男がいた。
カムロギが狐を連想するような外見なら、この男はさしずめ狸といったところか。
プラチナブロンドの髪を後ろに撫でつけ、眼鏡をかけた、恰幅の良い男。
柔和な顔立ちににこやかな笑顔はよく浮かべるのだろうか、目尻には笑い皺が刻まれている。
「なんでこんなとこにいるんだい、ワゴナー?」
「なんでって……気晴らしの散歩だよ。森林浴さ」
ワゴナー・ヴァレット。
カムロギと同じく軍の中央本部所属の軍人で、彼にとっては昔なじみの腐れ縁である。
「はん、散歩にしちゃあ供もつけずにずいぶんなとこまで来たじゃないか。ここらでつい最近魔物騒ぎがあったのを知ってるだろう?」
「そうだね、報告書なら読んだよ。魔物は君たちによって無事こらしめられました、ってね」
だから、安全なんだろう?
笑顔のまま言外にそう含まれ、カムロギは苦々しく眉をひそめた。
(また始まった……仲はいいはずなんだけどな、このお二人は)
などとクロガネが頭を抱えていると「ああ、そうそう」とワゴナーが口を開く。
「君の子犬、サードニクス君だっけ? 彼のところに僕の部下が行っててね」
「アンタの部下……ああ、薙沙かい? アンタまさかそれでここまで……」
「親バカみたいなものさ。付き添いは必要ないなんて言われたけど、心配でつい、ね。ああそれともこの道を行けば君に会えそうな気がしたから、なんて言った方が良かったかい、シグレ?」
うそぶく狸の表情は読めない。
「言ってな、真っ黒たぬきめ」とカムロギはうんざりした様子で吐き捨てた。