~まやかしのぬくもり~

――死んだ人間は、戻らない。

 ましてや、あれからどれだけの長い時間が過ぎたか。

 それでも目の前に永らく求めた姿が現れれば、縋ってしまうのが情なのだろうか。

 たとえそれが、夢幻に踊らされているだけとわかっていても――


「護衛の依頼?」

 そう言ったファングの顔はあからさまに歪み、いかにも気が進まないといった風だった。
 だいたいの仕事は割り切ってこなすはずの氷狼にここまでの表情をさせるのは、向かい合わせのソファーで茶を啜る白衣の悪魔が依頼主だからである。

「そう嫌な顔をしないでくれたまえ。傷つくな」

 こんな反応は見慣れているだろうし、そうでなくてもこの程度でこの男の心に毛ほどの傷もつくとは思えず、ファングはさらに眉間の皺を深くした。

「ガナにでも頼めばいいだろ。爆弾つきの俺はアンタの護衛には向かない」
「ガナシュならクレインの使いに出ているからな。頼みは君しかいない。私の依頼料の羽振りが良いのは知っているだろう?」

 そうなのだ。

 この無表情を崩さない青髪を三つ編みにした片眼鏡の男、ロキシーからの依頼はいつも報酬が多めに支払われる。

 だが、美味しい話には裏があるもの。

「いつも連れ回されてるガナシュがどんな目に遭わされているか、知らない訳じゃないからな」
「それなのに彼に押し付けようとしていたのかね? 酷い弟だな、君は」

 痛い所を突かれて押し黙ったファングの手を取り、「決まりだな」とロキシーは立ち上がる。
 氷の魔獣からしても、白衣の悪魔の手には人間にあるはずの温もりが感じられず、本能的に眉をひそめる。

「……嫌われたものだ」
「あ……わ、悪い」

 薬品の臭いに混じって僅かに漂う死の臭いを、狼の敏感な嗅覚が嗅ぎ取った。
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