~まもりたいもの~

 軍の本部。

 自分が担当している小さな支部とは比べものにならない重厚な存在感を主張する大きな白い建物に向かう時のサードニクスの足取りは重い。

 親しみやすい雰囲気のホームと違い、彼にとってここは完全にアウェイ。
 記憶をなくして何者かもわからなかったくせに辺境の支部とはいえ司令官にまで上り詰めたサードニクスへの妬み、そして初の魔石融合適合者への好奇の視線。
 それらはすっかり慣れてしまったとはいえ、出来れば味わいたくない感覚であった。

(なんでほっといてくれないのかねー……暇人め)

 思いっきり溜め息のひとつも吐いてやりたい気分だが、そうするとそれを言い掛かりに余計うんざりするような事を言われるのだとサードニクスは知っていた。

《そう腐るな。用事も済んだし、カムロギに会いに行くのだろう?》
(ああ、そうだった。おやっさん、元気かな?)
《まだ心配されるような歳ではないと叩かれそうだな》

 嫌な思いばかりの本部だが、それでもサードニクスにとって唯一の救いであり楽しみでもある事がひとつ。
 ここは彼が“おやっさん”と呼び慕う人物に会える場所でもあるのだ。



「おやっさん、おやっさーん!」

 ばたばたと騒がしく足音を立てて来たサードニクスに部屋の主は狐を思わせるような切れ長で露草色の目を細めた。

「ほら、言ったろテツ。そろそろ子犬が来る頃だって」

 ぱし、と扇子を遊ばせていた手を止め、振り向くと紫苑の髪が揺れ、衣服に焚きしめた香がふわりと風に乗った。
 男の名は神露樹紫暮。もっとも、名字が先にくるのも漢字と呼ばれる独特の文字もここでは一般的ではないため、シグレ・カムロギと呼ばれている。

 小柄で華奢な体躯を包む、軍人らしからぬ異国情緒溢れる服装と額の左上部分に刻まれた大きな傷跡が特徴で、齢50を過ぎた男性なのだがどことなく妖艶な雰囲気を纏っていた。

「おやっさんはよしとくれと言ったろ、サードニクス」
「そーいうおやっさんこそ子犬はやめてくれよ、俺もう38だぜ?」
「アタシから見りゃ子犬さ……え、なんでアンタ、年齢知ってるのさ?」

 記憶喪失であるはずのサードニクスが自分の年齢を知るはずがない。
 カムロギの目が驚きに瞬くのは珍しい、と先程彼にテツと呼ばれた大柄な男が密かに感心していた。

 ちなみに彼の名はクロガネ・リクドウ。漢字で書くと陸堂鉄。
 歳はサードニクスとほぼ同じくらいで、カムロギの部下。
 名前の漢字からよくテツと呼ばれては律儀に訂正している、実直な男だ。

……カムロギが呼び間違えるのは、単にからかっているだけなのだが。

 と、サードニクスはカムロギの机に両手をつくと、身を乗り出した。

「俺、記憶戻ったんだよおやっさん。全部、思い出した」
「なんだって……!?」

 青天の霹靂ともいえる報せに、露草色の瞳が再度瞬く。
 サードニクスはにこにこと満面の笑みで二人を見ていた。
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