~それぞれの想い~

 それは軍本部で山積みの書類と格闘中、唐突に思い出した事だった。

「……あ」
「どうした、手が止まってるぞ?」

 仕事は出来るのだがいかんせんサボったり現実逃避をしたりするやや不真面目な部下の悪い癖がまた始まったのかと上司は紅の瞳を鋭く細めた。

「言っておくが、手伝ってはやらんからな」
「わ、わかってやすよ~隊長ぉ……そんな怖いカオしなくても……」
「なら手を動かせ。休みに仕事を持ち込みたくなければな」

 そう、この仕事が終われば明日は休日なのだ。

「そ、そうっすね。俺……この仕事が終わったら、遊ぶんだぁ……☆」
「そのテの台詞を言った人物が直後に命を落とす場面が先日読んだ本にあったな」
「あぅ……不吉なコト言わないで下さいよぉ……」

 あくまで手は止めずそんな会話をするキズナとシゲン。
 他に誰もいないため、その声は思いのほかよく響いた。

「……で、何がどうしたんだ?」
「あぁ、話戻るんすね。えーと……ふいに思い出したんすけど、前に会ったガナシュさんとかの事っす」

 ぴく、とキズナの眉が動いた。

 彼等は少し前に、封印から目覚めたばかりのガナシュと遭遇して部隊丸ごと壊滅させられた。
 それでも再会した時にわだかまりは解けたものだと、シゲンは思っていたのだが……

(わぁ、わかりやすーい……案外負けず嫌いっすよね隊長……)

 名前を聞いたら悔しさが蘇ったのか、僅かに表情を変える若き上司に思わず苦笑した。

「……で? 何を思い出したんだ?」
「あ、ああ、それが……前に感じたガナシュさんの"力"の事なんすよ」
「ガナシュ殿の……力?」

 確かにガナシュは強いが、それだけではない"何か"をシゲンは薄々ながら感じ取っていた。

「あの時は何だかわからなかったけど、今ならわかる気がしやす」
《……ぎく》

 確信めいた呟きに反応したのは魔石となってシゲンの身体に埋め込まれているクルヴィスだった。
 そしてそれをシゲンが見逃すはずもなく。

「あ、今ぎくって言った。クルヴィス、何か知ってやすね?」
《お、おれさまは知らねぇぜ! 何も知らねぇんだからな!!》

 そんな会話をする二人のうち一方の声はキズナには聞こえない。

「お前達……誰もいないとはいえ場所を考えろ。あとシゲンはまた手が止まってるぞ」
「は、はい……」
《へっ、怒られてやがんの~》

 目の前には現実として書類が積み上げられている。
 シゲンはがっくりと肩を落とし、仕事を再開した。
1/4ページ
スキ