~氷解~

――一度蘇った記憶は、泉が湧き出るように戻ってきた。

 浮かんでは消える笑顔は、今はもうどこにもない。

 ああ、なんでこんな大切な事を忘れていたんだろう。

 あの笑顔を犠牲にした事も忘れ、のうのうと生きていた自分がたまらなく恨めしい。

 何故自分は、まだ……――


「ファング」

 思考の海に沈んでいた氷狼を呼び戻したのは、幼馴染の不死鳥だった。

「アス、カ……?」
「よかった、やっと起きた……お前、あれからずっと眠っていたんだぞ?」

 心配させやがって、と軽く小突く拳の感触。身体を喪っているはずの彼はどうやら実体化しているようだ。

「ロキシーの奴め、どれだけ強力な術をかけたのだ?……丸々三日も眠らせやがって」

 部屋の壁に寄り掛かって氷狼を見下ろしていたのは、兄がわりの火蜥蜴。

「三日……そんなに?」

 ぼんやりした頭でまず考えるのは、家事をやらなくてはなんてずれたこと。
 意識が次第にハッキリしてくると、眠りに落ちるまでの事を思い出す。

 あまりにも悲しい記憶に取り乱した自分は、魔術で強制的に眠らされたのだった。

「そうだ……ジェス、……俺は……」
「しっかりしろ、ファング」

 カタカタと震える手を不死鳥が握る。
 不安げに揺れるアイスブルーの瞳を見つめ、叱咤する。

「ジェスはオレ達に生きて欲しくてあんな事をしたんだ。それを無駄にするんじゃねーよ」
「アスカ……」
「今のお前、死んじまいそうな顔してる」

 真っ直ぐ見つめる不死鳥の淡金色の瞳から思わず目を逸した。

「……っ、」
「フェンリル、逃げるな」

 見兼ねた火蜥蜴がつかつかと歩いてくると、氷狼に覆い被さった。

「あまり兄の手を煩わせるな、馬鹿者」
「ガナ……」

 火蜥蜴もまた氷狼を正面から見つめるが、やがて溜息を吐くと、

「……いつまで寝ている、早く起きろ」
「え?……あ……」

 氷狼の肩を掴み、ゆっくりと上体を起こす。

「立てるか?」
「あ、ああ……すまない」

 しっかりしない足取りだがどうにか歩きだす氷狼。
 と、その足がドアの前でぴたりと止まり、二人を振り返った。

「……ガナ、アスカ……」
「ロキシー達は帰った。それとクレインはあれからずっと部屋に籠って何やらやっている」

 火蜥蜴の言葉に氷狼はきょとんと目を瞬かせた。
「どうしてわかったんだろう」と表情が語っている。

「貴様の言いたい事ぐらいわかる。早く行け」
「……ありがとう」

 彼はまだ立ち直ってはいないようだが、ほんの少しだけ柔らかく微笑んだ。

 そしてドアが閉まると、残されたのは不死鳥と火蜥蜴。

「…………ふん」
「手を煩わせるな、なぁ?」

 と、不死鳥はにやついた顔で火蜥蜴を見上げる。

「……何だ」
「心配させるなって言えばいいのに、素直じゃねーな♪」
「う、うるさいっ!」

 火蜥蜴は不死鳥の頭をこつんと叩くと、そっぽを向いてしまった。
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