~軍と個人~

――遠い昔。

 まだ軍にいた頃の話だ。

『ねぇ、ロキシー』
『なんだ、ジェス?』

 若かりし日の彼はちっとも先輩を敬わない生意気な子供だった。

『君はホントに変わってるねぇ』

 そんな彼を叱るでもなく、優しい先輩は笑う。

『よく僕なんかの側にいるもんだよ』
『他に行く所がないだけだ。俺の事を煙たがらないのはお前くらいのものだからな』

 孤高の天才。
 研究所の中でも異端の存在だった彼は常に一人。
 そんな彼をこの先輩はとても可愛がってくれた。

 ……まぁ、先輩自身も浮いた存在には違いなかったのだが。

『あはは、だって君面白いもん♪』
『人のことは言えないだろ……俺はこれが普通なんだが?』
『僕だってそうだよ~なんで変わり者って言われるんだろーねぇ?』

 癖のある髪を緩く三つ編みにした、柔和な外見の青年は若く見えるが30過ぎの子持ちだったりする。

『……変わり者仲間ついでに、君にお願い事してもいいかなぁ?』

 穏やかな紫色の瞳が、一瞬哀しげに細められた。

『願い事?』
『うん。君にしか、頼めないんよ……』

 優しげな先輩は、訝る後輩にゆっくりと口を開き……――



「あ……あの、ロキシーさん……」

 おそるおそるといった感じの声がロキシーの意識を現在に引き戻した。
 目の前には魔術の鎖で縛られた軍属の青年、シゲン。
 彼の纏う気配に覚えがある、というシリウスの言葉を受け、ならば確かめようと捕らえてきたのだが……

「そんなに無表情でじっと見られると怖いっすよ~!」

 淡い白緑色の触角をぴこぴこさせながら泣きそうな顔で訴える彼に、別にただぼんやりしていただけでそんなつもりはなかったのだがもう少し意地悪してみようかなどと思う。

「お前は……もう少し毅然としていられないのか?」
「隊長は落ち着き過ぎっすよ……」

 上司のキズナが落ち着き払っているのは、別に彼がシゲンと違って拘束されていないからではない。
 抵抗は無駄だと悟り、開き直っているのだ。

「対照的だな、君達は」
「それよりロキシー殿、話を本題に戻してはいただけないか?……このままでは部下の心臓が保たない」
「ああ、そうだったな」

 では、とロキシーは片眼鏡を僅かに外し両目でシゲンの目を見つめた。

「はりゃ……?」
「シゲン!」

 途端にシゲンは意識を失い、力が抜けた上体が傾いで落ちかける。
 だがそれは、危ない所で持ち直した。
 そして顔を上げるとロキシーを強く睨みつける。

『……ってコラ、何しやがんでい!?』

 その口調が完全に別人のものになっているのを確認すると、ロキシーは片眼鏡をかけ直す。

「まずは君に、話を聞こうと思ってね」

 その下に隠れた瞳は、ついにキズナからは見えることがなかった。
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