~兆し~

――覚えているのは、後ろ姿。

「それじゃあ」と切り出す父に、「いってらっしゃい」と微笑む母。
 最後に見た父の顔はよく思い出せない。

 ただ、その背中が広く、大きかったのは今でも記憶に焼きついている。

 今はもう、遠い記憶……――


「……ーツ、……ルーツ!」

 思考の海に沈んでいた所を引き戻す声。
 ルーツはハッと顔を上げ、声の主を振り返る。

「……悪ィ、ちょっと考え事してた」
「気をつけろよ、どこに何があるかわからないぞ」

 アイスブルーの瞳は不注意を窘めるように、けれども心配そうに細められた。

「ふん、呑気なものだ……遠足に来たのではないのだぞ」
「あ、ああ……ごめん」

 緋色の瞳はただ鋭く厳しい。

「浮ついた気持ちで来たのなら帰れ。足手纏いは要らん」

 厳しいが、正論だ。
 そもそもファングとガナシュ、二人で行く筈だった危険な依頼に無理を言ってついて行ったのは自分なのだ。
 己の甘さを思い、俯いて金髪が揺れた。

「……まぁまぁ、ガナ。ルーツ……ああ言っているがガナはお前を心配しているんだ。いざ危険に遭遇した時、守ってやれるかわからないからな」

 咄嗟にフォローを入れるファングを何か言いたそうに睨むガナシュだったが、ふん、とそっぽを向いてしまう。

「……急ぐぞ、フェンリル。何か嫌な感じがする」
「ああ……」

 ピリリ、と空気が張り詰める中魔獣達は先へ進む。

「あっ、オレも……」

 ふたつの足音に置いて行かれまいと、駆け足の靴音がついて行った。
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