「魔物」と人間(※「そこに、至るまで」の改題)
町のそばにある森の方から「魔物」の声が響く。その声は、己の存在を主張するかのような響きを帯びていた。
当然その声は、ガラディエとライラークがいる店の中まで届いた。
ガラディエはその声の意味を理解していた。
「魔物かな……」
ライラークが呟く。
ここでじっとしている訳にはいかない。ガラディエは鎌を持ち、踵を返す。
「ガラディエ?」
「悪い。用が出来た」
じゃあな、とライラークに言い残し、ガラディエは店を出た。
日は傾きかけていたが、辺りは橙色に染まっていない。日没までにはまだ時間がある。
ガラディエは町を出ると、迷うことなく「魔物」の声が響いた方へ走った。
ガラディエは、あの声に聞き覚えがあった。ガラディエは、ただ走るだけではもどかしくなり、瘴気兵装を纏う。兵装の力で機動力を底上げし、声の主がいるであろう方向へ、疾風の如く飛んだ。
やがて、ガラディエは森の前に着いた。声の主は、おそらくこの森の中に潜んでいるに違いない。ガラディエは確信を持っていた。
森に入る前に、ガラディエは外套、脚具・翼を隠していた覆い・ブーツを脱ぎ捨て、改めて瘴気兵装を纏い直す。その方が戦いやすいからだ。
ガラディエは鳥のような足で大地を踏みしめ、鎌を持って森に入る。取り回しがしやすいよう、鎌の刃は組み立てずに柄に付けておく。(鎌の刃は折り畳み式だった。)
ガラディエは息を吸うと、声の主にのみ通じるであろう、魔物の言葉を叫ぶ。
『誰だ、ここに入った奴は!』
『……いるのか、何者だ』
魔物の声が返ってきた。この声質は、先ほど町まで聞こえてきたものと同じだった。
ガラディエは声がした方へ駆けた。
ガラディエは森を進み、開けた場所に出る。そこに、鳥のような人間のような「魔物」が待っていた。
その「魔物」は、4枚の翼に羽毛に覆われた身体、鳥のような脚と爪を持っていた。しかし、その姿は人をも彷彿とさせ、ガラディエよりも一回り大きい。実のところ、この「魔物」はガラディエの同族だった。(ガラディエは知らないが、彼の同族は、ハルピュイアと呼ばれる魔物の姿に似ていた。ただし、かの胸部は屈強な人間の男のようだった)
ガラディエの同族は、この地域を根城にしようと飛来してきたのだろう。前にガラディエが倒した鹿の魔物が、町の付近の森まで下りてきたのも、同族の活動の影響かもしれない。
同族は、"同族" にのみ伝わる言葉で、瘴気兵装を纏ったガラディエを威圧してくる。
ガラディエは同族を睨む。
『おまえは……』
同族は合点がいったように、したり顔をする。
『噂に聞いたぞ。おまえは、我らの "なりそこない" の醜い子どもか』
ガラディエは虚を衝かれ、一瞬心が止まる。
『……八つ裂きにされてえのか』
ガラディエは歯を食い縛り、鎌の柄を締め付けるように握る。
『人間の姿に似、力も弱く、挙げ句の果てに人間に飼われた情けのない者と。その上、人間の真似事まで─』
『失せろ!』
同族の嘲りが終わらないうちに、ガラディエは同族に襲いかかった。
同族はガラディエの攻撃を回避し、距離をとる。
『……くそが』
『おまえは人間にでもなりたいのか?』
同族はガラディエの鎌を一瞥し、嘲笑するように顔を歪ませる。
『そんなんじゃねえ』
ガラディエは吐き捨てる。どこまで人間に姿を似せようが、人間の仕事をしようが、自分は「魔物」でしかない。ガラディエは己の生まれを否定している訳ではなかった。
『利用できるものは利用するだけだ』
ガラディエは半分、嘘をついた。
ガラディエが瘴気術を覚え、人間の姿を装い、装備を使っているのは、無論 "生き残るため" だが─。
『ほう。生き汚さはあるのだな』
同族は、ガラディエの持つ事情など当然知る訳もなく、顔を愉快そうに歪ませていた。
『まあ、今後は私がこの一帯を根城とするのだ、とくと退くが良い』
目の前の同族に、この一帯を縄張りにされるなど、たまったものではない。ガラディエは同族との距離を見計らう。
『おまえこそ、ここから消えろ!』
ガラディエは跳び、折り畳んだ鎌を棒のように使って同族を突く。
同族はガラディエの突きを避けようとしたが、胴の横部分にヒットした。
『……己の肉体のみで戦わぬ卑怯者が!』
同族は激昂し、ガラディエに突進する。
ガラディエは突進を避けるが、風圧で数歩後退する。
『言ってろ!!』
ガラディエは地面を蹴り、同族に鎌の背を数打叩きつけようと、薙ぐ。
同族は、複数の翼で対抗する。
純粋な力強さでは同族が勝っていたが、素早さでは良い勝負だったようだ。ガラディエは技巧を駆使して立ち回り、同族は力で対抗し、勝負は拮抗する。時間の経過で瘴気兵装は剥がれていくが、兵装を張り直す間はない。争いに勝つため、ガラディエは鎌の柄を振るい続けた。
やがて、瘴気兵装の効果が切れかかり、ガラディエの動きのキレが落ちていく。同族はスキを逃さず、ガラディエの鎌の柄を翼で大きく跳ね返した。
『!』
柄を大きく弾かれ、ガラディエの体勢が崩れる。同族は素早く、ガラディエの両手を足で捉える。そして、そのまま体当たりをかましてガラディエを力任せに地に倒した。
『ぐあっ!』
地面に叩きつけられた衝撃で、ガラディエの息が詰まり、手から鎌が離れる。瘴気兵装の効果も切れ、瘴気の衣が解かれた。
『勝負あったな』
同族はガラディエの脚の付け根辺りに乗り、翼でガラディエの両肩を押さえつける。同族の爪がガラディエの両手首にきつく食い込む。
『……っ!』
ガラディエは呻く。背中と翼を打ち付けた衝撃と、両手首にかかる鋭い痛み、のしかかられる圧迫感。そして、倒されたことによるショックが、ガラディエの心身をひどく侵した。
『どうだ?ひどい痛みだろう』
ガラディエは、脚や痛む翼、肩を無理に動かし、拘束から逃れようとする。 しかし、同族の力は強く、ガラディエがどのように暴れても体勢をひっくり返せなかった。
『負けを認めるべきではないか?』
『み、認め、ない』
ガラディエは声を絞り出すが、やっとのことで出たのは、掠れた情けのないものだった。
『己の敗北がまだ分からぬのなら、こうするが』
同族は鋭く尖った牙を剥くと、ガラディエの服を縦に裂いた。
『……!』
服が音を立てて引き裂かれ、裂かれたところからガラディエ自身の羽毛が露になる。
『な、なんで……』
『大事なものなのだろう?人の真似事を好むおまえにとって、この擬態の道具は』
もし、ガラディエが "同族" と同じような価値観を持っていたならば、道具を破壊されたところで全く痛手にはならない。平然としていられるはずだった。
しかし、彼の装備を裂くことは、彼の戦意を削ぐのに想像以上の効果を発揮した。
ガラディエの表情に、初めて怯えが見えた。
彼の同族に、好奇と嗜虐の心が芽吹く。
『ならば、こうしてやろう─』
同族は、ガラディエが身にまとう布をさらに割いた。斜めに、縦に、横に、ナイフで果物を切るように、布はざっくりと切れた。切れ目から、ガラディエの正体が露わになる。
『!、!……』
ガラディエは、なぜかそれ以上声を出すことも、動くことも出来なかった。体勢を覆すことも出来ず、なす術なく大切なものが破壊されていく。ガラディエの目から、何かがこぼれ落ちそうになる。
『愉快。実に無様で愉快だ』
魔物は声を上げて笑う。
ガラディエの身に付けていたものは、枯れ葉を潰したかのように無惨に散ってしまっていた。残ったのは、ガラディエの「魔物」としての身体が、無様に晒されるのみとなっていた。
『理解できたか?おまえは私には勝てない。おまえは身も、力も、半端者なのだ。理解できたか?』
『…………』
同族の言葉も、ガラディエはただ聞き流す。否、彼は聞き取れなくなっていた。
勝負はついたも同然に、同族はガラディエの拘束を緩める。
『おまえがただの人間であれば、ここでひとえに喰らってやったものの。さて、ここらで人間を喰らいに行くか』
その呟きで、ガラディエの心に、雷のように何かが閃く。
同族は、人間を喰らって血や肉とすることがある。もし同族がこの一帯を根城にしてしまったら、森に入った人間が、あの町の人間が、……ライラークが。
そう考えた瞬間、ガラディエに暴風のような力が沸き起こった。
『な……』
勝利を確信し油断していた同族は動揺し、ガラディエから離れる。逃げる間もなく、同族自身が黒いエネルギーの塊に呑み込まれたからだ。このエネルギーの塊は、瘴気術から生み出されるものであり。放ったのはガラディエだった。
『くそ……、何だ!この靄は!』
同族は、全てを吸い込むような勢いの瘴気に囚われる。血を抜かれるかのように力を奪われ、その場から脱出することも出来ずに、ただもがき、苦しむ。
ガラディエは瘴気の中につっこみ、同族を乱暴に掴んでひっくり返した。力を弱められた同族は簡単に体勢が崩れ、背を大地に強かに打ち付けた。
ガラディエは暴風のように吹き荒れる瘴気術を維持しながら同族の上に乗り、この場から "敵" が逃げられないように押さえつける。
『ひ……卑怯な手を……!』
『なんとでも言え……、オレはまだ、降参していない。おまえが負けを認めないと、もっと、苦しむぞ』
ガラディエは、実体のない力─瘴気術で同族を締め付け、力を奪い続けた。
『汚いぞ!半端者……!』
『干からびた死体になりたくなけりゃ……この一帯に、二度と、入るな!!』
ガラディエは、同族が山の向こうに飛び去り、その姿が完全に見えなくなったことを確かめる。緊張が解けたガラディエは、支えを失った家屋のように、その場に崩れ落ちた。平常の彼であれば、「命を奪う危険がある瘴気術を使うなど、やってはならないことだ」と後悔しているところだろう。土地を巡る同族との争いは、命の危険が及ばないよう戦うのが、掟だ。しかし、今の彼には戦いを振り返る余力は残されていなかった。瘴気術を操る精神力も身体も、擦り潰されたようにぼろぼろだった。
危機は去った。あの町の人間を、喰われずに済んだ。「あの人間との約束」も、守れた。刹那の安寧ののち、ガラディエは力尽き、倒れた。
─そんな彼を見つめる、別の気配があることも知らずに。
当然その声は、ガラディエとライラークがいる店の中まで届いた。
ガラディエはその声の意味を理解していた。
「魔物かな……」
ライラークが呟く。
ここでじっとしている訳にはいかない。ガラディエは鎌を持ち、踵を返す。
「ガラディエ?」
「悪い。用が出来た」
じゃあな、とライラークに言い残し、ガラディエは店を出た。
日は傾きかけていたが、辺りは橙色に染まっていない。日没までにはまだ時間がある。
ガラディエは町を出ると、迷うことなく「魔物」の声が響いた方へ走った。
ガラディエは、あの声に聞き覚えがあった。ガラディエは、ただ走るだけではもどかしくなり、瘴気兵装を纏う。兵装の力で機動力を底上げし、声の主がいるであろう方向へ、疾風の如く飛んだ。
やがて、ガラディエは森の前に着いた。声の主は、おそらくこの森の中に潜んでいるに違いない。ガラディエは確信を持っていた。
森に入る前に、ガラディエは外套、脚具・翼を隠していた覆い・ブーツを脱ぎ捨て、改めて瘴気兵装を纏い直す。その方が戦いやすいからだ。
ガラディエは鳥のような足で大地を踏みしめ、鎌を持って森に入る。取り回しがしやすいよう、鎌の刃は組み立てずに柄に付けておく。(鎌の刃は折り畳み式だった。)
ガラディエは息を吸うと、声の主にのみ通じるであろう、魔物の言葉を叫ぶ。
『誰だ、ここに入った奴は!』
『……いるのか、何者だ』
魔物の声が返ってきた。この声質は、先ほど町まで聞こえてきたものと同じだった。
ガラディエは声がした方へ駆けた。
ガラディエは森を進み、開けた場所に出る。そこに、鳥のような人間のような「魔物」が待っていた。
その「魔物」は、4枚の翼に羽毛に覆われた身体、鳥のような脚と爪を持っていた。しかし、その姿は人をも彷彿とさせ、ガラディエよりも一回り大きい。実のところ、この「魔物」はガラディエの同族だった。(ガラディエは知らないが、彼の同族は、ハルピュイアと呼ばれる魔物の姿に似ていた。ただし、かの胸部は屈強な人間の男のようだった)
ガラディエの同族は、この地域を根城にしようと飛来してきたのだろう。前にガラディエが倒した鹿の魔物が、町の付近の森まで下りてきたのも、同族の活動の影響かもしれない。
同族は、"同族" にのみ伝わる言葉で、瘴気兵装を纏ったガラディエを威圧してくる。
ガラディエは同族を睨む。
『おまえは……』
同族は合点がいったように、したり顔をする。
『噂に聞いたぞ。おまえは、我らの "なりそこない" の醜い子どもか』
ガラディエは虚を衝かれ、一瞬心が止まる。
『……八つ裂きにされてえのか』
ガラディエは歯を食い縛り、鎌の柄を締め付けるように握る。
『人間の姿に似、力も弱く、挙げ句の果てに人間に飼われた情けのない者と。その上、人間の真似事まで─』
『失せろ!』
同族の嘲りが終わらないうちに、ガラディエは同族に襲いかかった。
同族はガラディエの攻撃を回避し、距離をとる。
『……くそが』
『おまえは人間にでもなりたいのか?』
同族はガラディエの鎌を一瞥し、嘲笑するように顔を歪ませる。
『そんなんじゃねえ』
ガラディエは吐き捨てる。どこまで人間に姿を似せようが、人間の仕事をしようが、自分は「魔物」でしかない。ガラディエは己の生まれを否定している訳ではなかった。
『利用できるものは利用するだけだ』
ガラディエは半分、嘘をついた。
ガラディエが瘴気術を覚え、人間の姿を装い、装備を使っているのは、無論 "生き残るため" だが─。
『ほう。生き汚さはあるのだな』
同族は、ガラディエの持つ事情など当然知る訳もなく、顔を愉快そうに歪ませていた。
『まあ、今後は私がこの一帯を根城とするのだ、とくと退くが良い』
目の前の同族に、この一帯を縄張りにされるなど、たまったものではない。ガラディエは同族との距離を見計らう。
『おまえこそ、ここから消えろ!』
ガラディエは跳び、折り畳んだ鎌を棒のように使って同族を突く。
同族はガラディエの突きを避けようとしたが、胴の横部分にヒットした。
『……己の肉体のみで戦わぬ卑怯者が!』
同族は激昂し、ガラディエに突進する。
ガラディエは突進を避けるが、風圧で数歩後退する。
『言ってろ!!』
ガラディエは地面を蹴り、同族に鎌の背を数打叩きつけようと、薙ぐ。
同族は、複数の翼で対抗する。
純粋な力強さでは同族が勝っていたが、素早さでは良い勝負だったようだ。ガラディエは技巧を駆使して立ち回り、同族は力で対抗し、勝負は拮抗する。時間の経過で瘴気兵装は剥がれていくが、兵装を張り直す間はない。争いに勝つため、ガラディエは鎌の柄を振るい続けた。
やがて、瘴気兵装の効果が切れかかり、ガラディエの動きのキレが落ちていく。同族はスキを逃さず、ガラディエの鎌の柄を翼で大きく跳ね返した。
『!』
柄を大きく弾かれ、ガラディエの体勢が崩れる。同族は素早く、ガラディエの両手を足で捉える。そして、そのまま体当たりをかましてガラディエを力任せに地に倒した。
『ぐあっ!』
地面に叩きつけられた衝撃で、ガラディエの息が詰まり、手から鎌が離れる。瘴気兵装の効果も切れ、瘴気の衣が解かれた。
『勝負あったな』
同族はガラディエの脚の付け根辺りに乗り、翼でガラディエの両肩を押さえつける。同族の爪がガラディエの両手首にきつく食い込む。
『……っ!』
ガラディエは呻く。背中と翼を打ち付けた衝撃と、両手首にかかる鋭い痛み、のしかかられる圧迫感。そして、倒されたことによるショックが、ガラディエの心身をひどく侵した。
『どうだ?ひどい痛みだろう』
ガラディエは、脚や痛む翼、肩を無理に動かし、拘束から逃れようとする。 しかし、同族の力は強く、ガラディエがどのように暴れても体勢をひっくり返せなかった。
『負けを認めるべきではないか?』
『み、認め、ない』
ガラディエは声を絞り出すが、やっとのことで出たのは、掠れた情けのないものだった。
『己の敗北がまだ分からぬのなら、こうするが』
同族は鋭く尖った牙を剥くと、ガラディエの服を縦に裂いた。
『……!』
服が音を立てて引き裂かれ、裂かれたところからガラディエ自身の羽毛が露になる。
『な、なんで……』
『大事なものなのだろう?人の真似事を好むおまえにとって、この擬態の道具は』
もし、ガラディエが "同族" と同じような価値観を持っていたならば、道具を破壊されたところで全く痛手にはならない。平然としていられるはずだった。
しかし、彼の装備を裂くことは、彼の戦意を削ぐのに想像以上の効果を発揮した。
ガラディエの表情に、初めて怯えが見えた。
彼の同族に、好奇と嗜虐の心が芽吹く。
『ならば、こうしてやろう─』
同族は、ガラディエが身にまとう布をさらに割いた。斜めに、縦に、横に、ナイフで果物を切るように、布はざっくりと切れた。切れ目から、ガラディエの正体が露わになる。
『!、!……』
ガラディエは、なぜかそれ以上声を出すことも、動くことも出来なかった。体勢を覆すことも出来ず、なす術なく大切なものが破壊されていく。ガラディエの目から、何かがこぼれ落ちそうになる。
『愉快。実に無様で愉快だ』
魔物は声を上げて笑う。
ガラディエの身に付けていたものは、枯れ葉を潰したかのように無惨に散ってしまっていた。残ったのは、ガラディエの「魔物」としての身体が、無様に晒されるのみとなっていた。
『理解できたか?おまえは私には勝てない。おまえは身も、力も、半端者なのだ。理解できたか?』
『…………』
同族の言葉も、ガラディエはただ聞き流す。否、彼は聞き取れなくなっていた。
勝負はついたも同然に、同族はガラディエの拘束を緩める。
『おまえがただの人間であれば、ここでひとえに喰らってやったものの。さて、ここらで人間を喰らいに行くか』
その呟きで、ガラディエの心に、雷のように何かが閃く。
同族は、人間を喰らって血や肉とすることがある。もし同族がこの一帯を根城にしてしまったら、森に入った人間が、あの町の人間が、……ライラークが。
そう考えた瞬間、ガラディエに暴風のような力が沸き起こった。
『な……』
勝利を確信し油断していた同族は動揺し、ガラディエから離れる。逃げる間もなく、同族自身が黒いエネルギーの塊に呑み込まれたからだ。このエネルギーの塊は、瘴気術から生み出されるものであり。放ったのはガラディエだった。
『くそ……、何だ!この靄は!』
同族は、全てを吸い込むような勢いの瘴気に囚われる。血を抜かれるかのように力を奪われ、その場から脱出することも出来ずに、ただもがき、苦しむ。
ガラディエは瘴気の中につっこみ、同族を乱暴に掴んでひっくり返した。力を弱められた同族は簡単に体勢が崩れ、背を大地に強かに打ち付けた。
ガラディエは暴風のように吹き荒れる瘴気術を維持しながら同族の上に乗り、この場から "敵" が逃げられないように押さえつける。
『ひ……卑怯な手を……!』
『なんとでも言え……、オレはまだ、降参していない。おまえが負けを認めないと、もっと、苦しむぞ』
ガラディエは、実体のない力─瘴気術で同族を締め付け、力を奪い続けた。
『汚いぞ!半端者……!』
『干からびた死体になりたくなけりゃ……この一帯に、二度と、入るな!!』
ガラディエは、同族が山の向こうに飛び去り、その姿が完全に見えなくなったことを確かめる。緊張が解けたガラディエは、支えを失った家屋のように、その場に崩れ落ちた。平常の彼であれば、「命を奪う危険がある瘴気術を使うなど、やってはならないことだ」と後悔しているところだろう。土地を巡る同族との争いは、命の危険が及ばないよう戦うのが、掟だ。しかし、今の彼には戦いを振り返る余力は残されていなかった。瘴気術を操る精神力も身体も、擦り潰されたようにぼろぼろだった。
危機は去った。あの町の人間を、喰われずに済んだ。「あの人間との約束」も、守れた。刹那の安寧ののち、ガラディエは力尽き、倒れた。
─そんな彼を見つめる、別の気配があることも知らずに。
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