「魔物」と人間(※「そこに、至るまで」の改題)
人間の町から少し離れた、昼の林の中。人間の町からガラディエの足で2時間以上歩いたところにある、人気のない場所。
ガラディエは大木の上で鎌を持ち 「魔物」を待ち伏せていた。
「魔物」は最近この林に現れるようになったそうで、危険だからと討伐依頼が人間から出されていた。ガラディエは、その討伐依頼を仕事として受けていた。
「魔物」は、鹿のような姿をしており、角を除くと丁度ガラディエの肩くらいの背丈だという。
木の上に潜むガラディエは、背中の翼を自由に動かせるように戦闘用の装備を整えていた。
目的の「魔物」は、毎日この場所(ガラディエが待ち伏せをしている場所)を昼の時間帯に通るらしい。長く待ち続けていると体が冷えてしまいそうだが、大きな音は立てられない。ガラディエは、羽を伸ばしたり装備の下の羽毛を膨らませたりして寒さをしのいだ。(補足だが、ガラディエは人間の皮膚にあたる部分にしっかりした羽毛を持っていた─ 首から上の部分と、ふくらはぎから下の部位を除いて。)
体を動かしたいが、大きく動きすぎるとターゲットに気付かれるかもしれない。その思いの内でガラディエが葛藤していたとき。
やがて、目的の「魔物」が姿を現した。「魔物」は立派な角を持っており、珍しい毛皮の色をしていた。普通の鹿とは異なる、色と気配だ。
ガラディエは息を潜め、「魔物」が瘴気術の届く範囲に来るのを待った。
あと十数歩。
あと数歩。
「魔物」が瘴気術の届く範囲に入った。
ガラディエは瘴気を放つ。
「魔物」は、放たれた瘴気に驚き、慌てて瘴気の外へ跳んで逃れた。
すかさず、ガラディエは大木から急降下する。彼は鎌に瘴気を纏わせ「魔物」の首を狙った。
ガラディエは鎌を一閃する。しかし「魔物」に負わせた傷は浅く、命を刈り取れなかった。ただ、瘴気の効果で「魔物」の動きはやや鈍らせることには成功した。
「魔物」は抵抗し、ガラディエに向かって角を突き出した。
ガラディエは、間髪のところで回避したが、角は脇腹あたりを掠めた。
ガラディエは瘴気を纏った鎌で応戦する。
やがて、魔物達の戦いは終わりを告げる。
戦いの勝者となったガラディエは、動かなくなった「魔物」を見て、違和感を覚えた。この鹿の「魔物」は、この周辺では見なかったタイプの魔物だからだ。この「魔物」が人間の町の近くまで下りてきた理由とは一体何だろう。山奥にそこそこ食料はあるはずなのに。ガラディエは思案する。
「…………」
考えるのもそこそこにし、ガラディエは瘴気を解き放つ。これは、戦いの疲れや傷を癒す瘴気術─いわゆる「贖いの血」であり、ガラディエにとって「魔物」と戦う際にかなり重宝していた。
─良かった。目が覚めたんだね。どこか痛みはない?─
ガラディエは思い出す。この瘴気術(贖いの血)で、ガラディエの傷を癒し、命を掬った人間のことを。おせっかいな人間の代表ともいうべき存在だったと、ガラディエは過去を少しの間振り返る。
ガラディエは、巣立ったばかりの頃に獣型の魔物に襲われ、遊び道具にされた過去がある。地面に爪で転がされ、牙で齧られながら、幼いガラディエは恐怖と痛みに震えていた。逃げようとしても、獣の魔物はすぐに追いつき、ガラディエを絶望に戻した。
死にたくないのに。
ガラディエが意識を手放し、次に目を覚ましたときには、獣型の姿はどこにもいなかった。彼が横たわっていた場所も山地の森林の中でなく、人間の棲家の中になっていた。
ガラディエの姿を見て、こちらに寄ってくる人間。それが、ガラディエを助け出した人間だった。
人間はガラディエを介抱し彼が完全に回復するまで世話を焼いた。そればかりか、変装用の装備を与え、人間の町にまでガラディエを連れていき──。
ガラディエは気を取り直し、鹿の「魔物」の角を鎌で斬る。それから革の袋を取り出し、中に斬った角を入れた。「魔物」の肉も食べられるかもしれないが、この鹿の魔物は初めて見る生物だ。肉が毒であったら困る。ガラディエは「魔物」の角だけ頂戴することにした。
一労働を終えた後、ガラディエは川で返り血を流し 、別の場所に隠しておいた装備を取りに行く。この装備は、ガラディエが人間の町に入るときに身に付ける、変装用の装備だった。(この装備はナイトシーカーという職業が身に付ける服と外套、靴をなぞらえたものだが、ガラディエはそのことは知らない。)
ガラディエは、無事に息を潜めていた装備を見つけると、手に取ってさっと身に付け始める。この装備も、瀕死のガラディエを蘇らせたあの人間が寄越したものだった。装備を身に付けることも、すっかりガラディエに馴染んでいた。
ガラディエは手際良く装備を整えると、 戦利品やら折り畳んでしまった鎌やらを背負って、まっすぐ人間の町へと足を運んだ。飛んだ方が早いが、ガラディエは体力を使いすぎるのを避けたかったし、飛んでいるところを人間に発見されたくはなかった。
日がまだ沈む前、山や森、町が明るい日光に照らされている頃。
ガラディエは、人間の町に足を踏み入れた。この町は、「ライラーク」という人間の子どもとその親が店を構えている、あの集落だった。
ガラディエは荷物と戦利品を背負いながら、そのまま寄り道せず店の一つに入る。この店では、飲食物の提供のほか、依頼の貼り出しや受付も行っている。ガラディエが魔物の討伐の依頼を受けるのも、この店で行うことが多かった。
ガラディエは、店内で依頼の受理・報告受付を行っている人間のところへまっすぐ向かう。
「あら、いらっしゃい」
「依頼が終わった。確認してくれ」
ガラディエは、依頼を受けた証である紙を受付の人間に一枚渡した。差し出した紙に何か印を押され、ガラディエに報酬が渡された。
「ごくろうさまでした。きみも大変だったでしょ」
「いや、そうでもない」
ガラディエは報酬を確認して、人間の話に適当に合わせた。
「ふふ、そう。最近よく町の近くに魔物が出るようになったけど、貴方がいれば安心ね?」
オレもあんたたち人間の言う "魔物" だけどな、とガラディエは心の中で呟く。
「ところでその角、依頼の魔物の角?ずいぶん立派ね。でも、ナイトシーカーの貴方なら楽勝、だった?」
ガラディエは疑問を呈する。
「ナイトシーカー……?」
「あれ?貴方ってナイトシーカーじゃないの?夜賊ってやつ」
ガラディエは、かつて自身に瘴気術を教えた人間の言葉を思い出しながら、否定する。
─もし貴方の職業……貴方が何をやってるのって聞かれたら、こう答えて─
「オレは、リーパーだ」
ガラディエは受付の人間との会話を終えて店を出る。彼の次の目的地は、別の馴染みの店だった。
道中、ガラディエはさまざまな人間とすれ違うが、ガラディエが魔物だと指摘する者も、糾弾する者もいなかった。
やはり、自分は人間にとてもよく似た外見をしているのだと、ガラディエの心に少し傷がつく。自分は「魔物」の親から生まれたはずなのに、なぜ、一緒に誕生した兄弟とは姿が大きく異なっているのだろう─彼の中で悶々とした感情が、ふつふつと沸いては、薄く積もっていく。
途中ガラディエは、リーパーの装備を身に付けた人間とすれ違った。リーパーに関しては、ガラディエは他の職業よりもよく知っていた。(ガラディエはほとんど人間の性別を気にしていなかったが、ここですれ違ったのは男性のリーパーだった)
そのリーパー装備の人間は、連れだって歩いていた別の人間に、楽しそうに何かを話していた。
ガラディエは、そのリーパーの装備をちらりとみやる。相変わらず、心が惹き付けられるような意匠や色合いだと、ガラディエの心は自然と高鳴る。
リーパー服の人間とその連れが遠ざかってから、ガラディエは振り返って再び一目する。
"自分もあの服を着て動き回りたい"
ガラディエは、今のナイトシーカーの服も気に入っていない訳ではなかったが、リーパーの服には別種の魅力を感じていた。まるで、自分の羽が幼年のものから大人のものに換わったのを目の当たりにしたときのような、高揚感があり──。
しかし、人間の町に入るときはリーパーの服は着られない。ガラディエはため息をつく。リーパーの衣装では、ガラディエの鳥のような羽や脚の部分を隠すことが出来ない。それに、彼に合った服を作ってもらうには、彼の "人間ならざる部分"を明かす必要があった。
ガラディエは、密かな望みを諦めるしかなかった。
少し歩いて、ガラディエは、馴染みの店の前にたどり着く。ドアを開けると、
「いらっしゃいませ」
店番をしている子ども──ライラークの笑顔が出迎えた。
ライラークは、店主である親から受け取った紙を、ガラディエに見せる。ガラディエとライラークの間には、木でできた四角い台が設置されている。その台の上には、ガラディエが先ほど取ってきた鹿の魔物の角が、丁寧に置かれていた。
「この値段でどうでしょう」
ガラディエは呈示された値段を確かめ、承諾する。店主は少し離れたところから、小さな店番と客の様子を見守っていた。店主と店番は、枯れ葉と夕焼けの色を足して間をとったような髪の色をしており、親子同士、その部分はよく似ていた。顔の作りはあまり似ていない。ライラークは目が小動物のように丸くて大きいが、ライラークの親は、細く鹿のような目をしている。
「お取引の成立ですね。少し、お待ちください」
ライラークは、手袋をはめた手で角を丁寧に引き取ると、店主に渡す。ライラークは代わりに店の奥に引っ込んでいき、トレーにお金を載せて戻ってきた。
「いつもありがとうございます。素材の分のお金です」
ガラディエは金額を確かめると、お金を掴んで袋にしまった。
「ありがとうね、ガラディエ君」
店主──この子どもの親も、笑顔を見せる。敵意も悪意の欠片も微塵のない表情だ。親子同士、よく似た表情だ。
ガラディエは未だに、この善の意識を向けられることに慣れなかった。ガラディエの兄弟はもちろん、瘴気術を一緒に修行した人間の子ども達の中にも、このような笑みを彼自身に向ける者はほとんどいなかった。
善や好意よりも、敵意や嫌悪、侮蔑、差別などが、ガラディエの記憶に濃く焼き付いていた。
店主が角を持って店の奥に引っ込んでいくと、ライラークはそっと、ガラディエにささやく。
「ねえ、この角の持ち主ってどんな魔物だった?良かったら聞かせて」
ガラディエはいつも通り、この人間の子どもの頼みに応じることにした。
鹿の魔物の話を一通り聞き終えたライラークは目を細める。
「……そんな魔物を相手に出来るなんて、ガラディエはすごいね」
「……別に、すごくなんかねえよ……」
ライラークの目を直視できず、ガラディエは目をそらす。彼の心は何故か落ち着かなかった。
ライラークは、ガラディエが出会った魔物の話をいつも楽しそうに聞く。姿勢を前に傾け、微笑み、頷き、質問を寄こしたり、ときに目を見開いて驚いたり、穏やかながらも感情豊かに耳を傾けてくれる。以前、ガラディエが「魔物の話をどうして聞きたいのか」とライラークに尋ねたところ、この子どもは「素材のもとになった魔物について、もっと知りたいから」と言っていた。そのことは、ガラディエの記憶に新しかった。
「ぼくも一目でいいから、その魔物を見てみたかったな」
「何度も言うが、危ないぞ」
ガラディエはライラークに向き直る。
「わかってるよ。だけど、一目だけでいいから。遠くからそっと……。ここに運ばれてくる、素材の元の持ち主─魔物の姿を、この目で見てみたいんだ」
うつ向きがちにライラークは呟く。
ガラディエは、どうしたものかと考えあぐねる。
「そんなに見たいのか」
ライラークは「えへへ……」とはにかみつつ、眉を下げる。
「だから、とうさんとかあさんに内緒で、時々森の方まで出かけちゃうの。見つかるのは普通の動物や植物ばかりだけど……」
ライラークはいそいそと服の中(いわゆるポケット)を探り、薄くて葉っぱのような形のものを出した。
「これ、見て」
「!」
ガラディエの心臓が跳ねる。
なぜなら、ライラークが取り出したものは、水色の羽で、ガラディエの羽によく似ていたものだったからだ。
「散歩してて拾ったんだ。この羽の持ち主って、見たことない?探したけど、それらしい鳥は見つからなくて」
そのとき、鳥にしては物騒に聞こえる鳴き声が、町に響いた。
「魔物かな……」
ライラークの注意は物騒な声に向いた。ガラディエも気が気でなかった。
「…………」
魔物であるガラディエは、先ほどの物騒な鳴き声の意味することに、敵意を向けていた。
ガラディエは大木の上で鎌を持ち 「魔物」を待ち伏せていた。
「魔物」は最近この林に現れるようになったそうで、危険だからと討伐依頼が人間から出されていた。ガラディエは、その討伐依頼を仕事として受けていた。
「魔物」は、鹿のような姿をしており、角を除くと丁度ガラディエの肩くらいの背丈だという。
木の上に潜むガラディエは、背中の翼を自由に動かせるように戦闘用の装備を整えていた。
目的の「魔物」は、毎日この場所(ガラディエが待ち伏せをしている場所)を昼の時間帯に通るらしい。長く待ち続けていると体が冷えてしまいそうだが、大きな音は立てられない。ガラディエは、羽を伸ばしたり装備の下の羽毛を膨らませたりして寒さをしのいだ。(補足だが、ガラディエは人間の皮膚にあたる部分にしっかりした羽毛を持っていた─ 首から上の部分と、ふくらはぎから下の部位を除いて。)
体を動かしたいが、大きく動きすぎるとターゲットに気付かれるかもしれない。その思いの内でガラディエが葛藤していたとき。
やがて、目的の「魔物」が姿を現した。「魔物」は立派な角を持っており、珍しい毛皮の色をしていた。普通の鹿とは異なる、色と気配だ。
ガラディエは息を潜め、「魔物」が瘴気術の届く範囲に来るのを待った。
あと十数歩。
あと数歩。
「魔物」が瘴気術の届く範囲に入った。
ガラディエは瘴気を放つ。
「魔物」は、放たれた瘴気に驚き、慌てて瘴気の外へ跳んで逃れた。
すかさず、ガラディエは大木から急降下する。彼は鎌に瘴気を纏わせ「魔物」の首を狙った。
ガラディエは鎌を一閃する。しかし「魔物」に負わせた傷は浅く、命を刈り取れなかった。ただ、瘴気の効果で「魔物」の動きはやや鈍らせることには成功した。
「魔物」は抵抗し、ガラディエに向かって角を突き出した。
ガラディエは、間髪のところで回避したが、角は脇腹あたりを掠めた。
ガラディエは瘴気を纏った鎌で応戦する。
やがて、魔物達の戦いは終わりを告げる。
戦いの勝者となったガラディエは、動かなくなった「魔物」を見て、違和感を覚えた。この鹿の「魔物」は、この周辺では見なかったタイプの魔物だからだ。この「魔物」が人間の町の近くまで下りてきた理由とは一体何だろう。山奥にそこそこ食料はあるはずなのに。ガラディエは思案する。
「…………」
考えるのもそこそこにし、ガラディエは瘴気を解き放つ。これは、戦いの疲れや傷を癒す瘴気術─いわゆる「贖いの血」であり、ガラディエにとって「魔物」と戦う際にかなり重宝していた。
─良かった。目が覚めたんだね。どこか痛みはない?─
ガラディエは思い出す。この瘴気術(贖いの血)で、ガラディエの傷を癒し、命を掬った人間のことを。おせっかいな人間の代表ともいうべき存在だったと、ガラディエは過去を少しの間振り返る。
ガラディエは、巣立ったばかりの頃に獣型の魔物に襲われ、遊び道具にされた過去がある。地面に爪で転がされ、牙で齧られながら、幼いガラディエは恐怖と痛みに震えていた。逃げようとしても、獣の魔物はすぐに追いつき、ガラディエを絶望に戻した。
死にたくないのに。
ガラディエが意識を手放し、次に目を覚ましたときには、獣型の姿はどこにもいなかった。彼が横たわっていた場所も山地の森林の中でなく、人間の棲家の中になっていた。
ガラディエの姿を見て、こちらに寄ってくる人間。それが、ガラディエを助け出した人間だった。
人間はガラディエを介抱し彼が完全に回復するまで世話を焼いた。そればかりか、変装用の装備を与え、人間の町にまでガラディエを連れていき──。
ガラディエは気を取り直し、鹿の「魔物」の角を鎌で斬る。それから革の袋を取り出し、中に斬った角を入れた。「魔物」の肉も食べられるかもしれないが、この鹿の魔物は初めて見る生物だ。肉が毒であったら困る。ガラディエは「魔物」の角だけ頂戴することにした。
一労働を終えた後、ガラディエは川で返り血を流し 、別の場所に隠しておいた装備を取りに行く。この装備は、ガラディエが人間の町に入るときに身に付ける、変装用の装備だった。(この装備はナイトシーカーという職業が身に付ける服と外套、靴をなぞらえたものだが、ガラディエはそのことは知らない。)
ガラディエは、無事に息を潜めていた装備を見つけると、手に取ってさっと身に付け始める。この装備も、瀕死のガラディエを蘇らせたあの人間が寄越したものだった。装備を身に付けることも、すっかりガラディエに馴染んでいた。
ガラディエは手際良く装備を整えると、 戦利品やら折り畳んでしまった鎌やらを背負って、まっすぐ人間の町へと足を運んだ。飛んだ方が早いが、ガラディエは体力を使いすぎるのを避けたかったし、飛んでいるところを人間に発見されたくはなかった。
日がまだ沈む前、山や森、町が明るい日光に照らされている頃。
ガラディエは、人間の町に足を踏み入れた。この町は、「ライラーク」という人間の子どもとその親が店を構えている、あの集落だった。
ガラディエは荷物と戦利品を背負いながら、そのまま寄り道せず店の一つに入る。この店では、飲食物の提供のほか、依頼の貼り出しや受付も行っている。ガラディエが魔物の討伐の依頼を受けるのも、この店で行うことが多かった。
ガラディエは、店内で依頼の受理・報告受付を行っている人間のところへまっすぐ向かう。
「あら、いらっしゃい」
「依頼が終わった。確認してくれ」
ガラディエは、依頼を受けた証である紙を受付の人間に一枚渡した。差し出した紙に何か印を押され、ガラディエに報酬が渡された。
「ごくろうさまでした。きみも大変だったでしょ」
「いや、そうでもない」
ガラディエは報酬を確認して、人間の話に適当に合わせた。
「ふふ、そう。最近よく町の近くに魔物が出るようになったけど、貴方がいれば安心ね?」
オレもあんたたち人間の言う "魔物" だけどな、とガラディエは心の中で呟く。
「ところでその角、依頼の魔物の角?ずいぶん立派ね。でも、ナイトシーカーの貴方なら楽勝、だった?」
ガラディエは疑問を呈する。
「ナイトシーカー……?」
「あれ?貴方ってナイトシーカーじゃないの?夜賊ってやつ」
ガラディエは、かつて自身に瘴気術を教えた人間の言葉を思い出しながら、否定する。
─もし貴方の職業……貴方が何をやってるのって聞かれたら、こう答えて─
「オレは、リーパーだ」
ガラディエは受付の人間との会話を終えて店を出る。彼の次の目的地は、別の馴染みの店だった。
道中、ガラディエはさまざまな人間とすれ違うが、ガラディエが魔物だと指摘する者も、糾弾する者もいなかった。
やはり、自分は人間にとてもよく似た外見をしているのだと、ガラディエの心に少し傷がつく。自分は「魔物」の親から生まれたはずなのに、なぜ、一緒に誕生した兄弟とは姿が大きく異なっているのだろう─彼の中で悶々とした感情が、ふつふつと沸いては、薄く積もっていく。
途中ガラディエは、リーパーの装備を身に付けた人間とすれ違った。リーパーに関しては、ガラディエは他の職業よりもよく知っていた。(ガラディエはほとんど人間の性別を気にしていなかったが、ここですれ違ったのは男性のリーパーだった)
そのリーパー装備の人間は、連れだって歩いていた別の人間に、楽しそうに何かを話していた。
ガラディエは、そのリーパーの装備をちらりとみやる。相変わらず、心が惹き付けられるような意匠や色合いだと、ガラディエの心は自然と高鳴る。
リーパー服の人間とその連れが遠ざかってから、ガラディエは振り返って再び一目する。
"自分もあの服を着て動き回りたい"
ガラディエは、今のナイトシーカーの服も気に入っていない訳ではなかったが、リーパーの服には別種の魅力を感じていた。まるで、自分の羽が幼年のものから大人のものに換わったのを目の当たりにしたときのような、高揚感があり──。
しかし、人間の町に入るときはリーパーの服は着られない。ガラディエはため息をつく。リーパーの衣装では、ガラディエの鳥のような羽や脚の部分を隠すことが出来ない。それに、彼に合った服を作ってもらうには、彼の "人間ならざる部分"を明かす必要があった。
ガラディエは、密かな望みを諦めるしかなかった。
少し歩いて、ガラディエは、馴染みの店の前にたどり着く。ドアを開けると、
「いらっしゃいませ」
店番をしている子ども──ライラークの笑顔が出迎えた。
ライラークは、店主である親から受け取った紙を、ガラディエに見せる。ガラディエとライラークの間には、木でできた四角い台が設置されている。その台の上には、ガラディエが先ほど取ってきた鹿の魔物の角が、丁寧に置かれていた。
「この値段でどうでしょう」
ガラディエは呈示された値段を確かめ、承諾する。店主は少し離れたところから、小さな店番と客の様子を見守っていた。店主と店番は、枯れ葉と夕焼けの色を足して間をとったような髪の色をしており、親子同士、その部分はよく似ていた。顔の作りはあまり似ていない。ライラークは目が小動物のように丸くて大きいが、ライラークの親は、細く鹿のような目をしている。
「お取引の成立ですね。少し、お待ちください」
ライラークは、手袋をはめた手で角を丁寧に引き取ると、店主に渡す。ライラークは代わりに店の奥に引っ込んでいき、トレーにお金を載せて戻ってきた。
「いつもありがとうございます。素材の分のお金です」
ガラディエは金額を確かめると、お金を掴んで袋にしまった。
「ありがとうね、ガラディエ君」
店主──この子どもの親も、笑顔を見せる。敵意も悪意の欠片も微塵のない表情だ。親子同士、よく似た表情だ。
ガラディエは未だに、この善の意識を向けられることに慣れなかった。ガラディエの兄弟はもちろん、瘴気術を一緒に修行した人間の子ども達の中にも、このような笑みを彼自身に向ける者はほとんどいなかった。
善や好意よりも、敵意や嫌悪、侮蔑、差別などが、ガラディエの記憶に濃く焼き付いていた。
店主が角を持って店の奥に引っ込んでいくと、ライラークはそっと、ガラディエにささやく。
「ねえ、この角の持ち主ってどんな魔物だった?良かったら聞かせて」
ガラディエはいつも通り、この人間の子どもの頼みに応じることにした。
鹿の魔物の話を一通り聞き終えたライラークは目を細める。
「……そんな魔物を相手に出来るなんて、ガラディエはすごいね」
「……別に、すごくなんかねえよ……」
ライラークの目を直視できず、ガラディエは目をそらす。彼の心は何故か落ち着かなかった。
ライラークは、ガラディエが出会った魔物の話をいつも楽しそうに聞く。姿勢を前に傾け、微笑み、頷き、質問を寄こしたり、ときに目を見開いて驚いたり、穏やかながらも感情豊かに耳を傾けてくれる。以前、ガラディエが「魔物の話をどうして聞きたいのか」とライラークに尋ねたところ、この子どもは「素材のもとになった魔物について、もっと知りたいから」と言っていた。そのことは、ガラディエの記憶に新しかった。
「ぼくも一目でいいから、その魔物を見てみたかったな」
「何度も言うが、危ないぞ」
ガラディエはライラークに向き直る。
「わかってるよ。だけど、一目だけでいいから。遠くからそっと……。ここに運ばれてくる、素材の元の持ち主─魔物の姿を、この目で見てみたいんだ」
うつ向きがちにライラークは呟く。
ガラディエは、どうしたものかと考えあぐねる。
「そんなに見たいのか」
ライラークは「えへへ……」とはにかみつつ、眉を下げる。
「だから、とうさんとかあさんに内緒で、時々森の方まで出かけちゃうの。見つかるのは普通の動物や植物ばかりだけど……」
ライラークはいそいそと服の中(いわゆるポケット)を探り、薄くて葉っぱのような形のものを出した。
「これ、見て」
「!」
ガラディエの心臓が跳ねる。
なぜなら、ライラークが取り出したものは、水色の羽で、ガラディエの羽によく似ていたものだったからだ。
「散歩してて拾ったんだ。この羽の持ち主って、見たことない?探したけど、それらしい鳥は見つからなくて」
そのとき、鳥にしては物騒に聞こえる鳴き声が、町に響いた。
「魔物かな……」
ライラークの注意は物騒な声に向いた。ガラディエも気が気でなかった。
「…………」
魔物であるガラディエは、先ほどの物騒な鳴き声の意味することに、敵意を向けていた。
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