「魔物」と人間(※「そこに、至るまで」の改題)

新しい "仕事着" の作成をライラークに頼んでから、5日後の朝。
ガラディエは寝台の上に座り、翼を伸ばしたりしてストレッチをする。身体の重さや痛みも抜けてきて、ガラディエは自身の調子が戻ってきたのを感じていた。今なら飛行もある程度できそうだし、瘴気術も使えそうだと、自身の内に力が蘇ってきたことを感じていた。
部屋の扉が4回、軽く叩かれた。扉の向こうから聞き慣れた声がする。
「入っても平気?」
「ああ」
扉が開かれ、ライラークが入ってきた。彼は肩に大きな鞄をかけており、手には食事を載せた板を持っていた。彼が持ってきた食事は、2人分ある。
「ぼくも一緒に朝ごはん食べていい?」
「別に、構わねえけど」
ライラークは笑顔を咲かせると、いそいそと食事を台に置く。部屋にある一脚の椅子を引いてきて、彼はガラディエのそばに座った。

「元気になってきた?」
ライラークは朝食の果物を齧りながら、ガラディエに丸い目を向ける。
「ああ。もう瘴気術も使えそうだし、飛ぶのも出来そうだ」
「そっか、安心したよ」
ライラークは顔を綻ばせる。
「礼はする。装備とか、メシとか……匿ってもらったこととか」
ガラディエは魔物だが、恩義に報いる心は持ち合わせていた。
「気にしなくて良いよ」
ライラークは手をひらひらと振る。
「いや。オレに出来ることならやるから」
「じゃあ、それなら……」と、ライラークはそわそわと、彼の膝の上で両手を組み出した。
「ひとつ、いいかな」
「なんだ」
「ぼく、空を飛んでみたい。ガラディエの羽で……連れてってもらえないかな?」
「そんなことで良いのか」
ガラディエは呆気にとられる。礼としては簡単すぎる。
「やるけど、飛ぶなら夜だ」
「夜?」
「昼は人間が多い。夜なら飛んでも人間に見つかりにくい」
そのとき、部屋の扉が数回叩かれた。
「ライラ?ちょっと良い?」
人間の声だ。声の高さからして、おそらくライラークの母親のものだろう。
「モノミの水晶がどこにあるか知らないかしら?」
「ごめん。知らない」
ライラークは叩かれた扉の方へ即答する。
「困ったわ。どこに置いたのかしら……。見つけたら教えてちょうだいね、ライラ」
「はあい」
足音は、ガラディエとライラークのいる部屋から遠ざかっていった。
モノミの水晶とはなんだろうとガラディエが考えていると、ライラークがそっと囁いた。
「物見の水晶ってね。魔物の居場所を見つける道具なんだ」
魔物の居場所を見つける道具。ガラディエは胸騒ぎを覚えた。
「うちの水晶は……、かあさんが細工してね、普通の水晶よりもっと色々な魔物を見つけられるようにしてる」
ライラークは持ってきた大きな鞄を手元に寄せる。鞄の口から光る丸いものを覗かせ、ガラディエに見せた。
「……とうさんとかあさんには内緒だよ。ぼくがこの水晶持ってること」
ライラークが鞄から見せた、球状の透き通った石。おそらくこれが、モノミの水晶だろう。水晶はライラークの顔の大きさほどあり、澄んだ水面のように、周囲の樣子を表面に映していた。
ガラディエの心臓が、彼の身体の中でどくりと派手な音を立てる。ガラディエは、この水晶で自分の居場所はおろか正体まで分かってしまうのかと思うと、あまり平静ではいられなかった。
「い……、良いのか、返さなくて」
「あ、うん。かあさん、そのうち水晶のスペア作るだろうし」
ライラークの声が小さくなり、鞄の口をそっと閉じた。
「さっきの話に戻るけど、飛ぶのは昼でも大丈夫だよ。人に見つからないようにする、とっておきの方法があるから」
「どんな方法だ」
「そこは、ぼくにまかせて」
ライラークは詳しくは語らなかったが、自信があるように見えた。
そんなライラークの様子に、ガラディエは底知れなさを感じるのだった。ただし、ガラディエは彼に対して恐怖という感情はない。人間の子どもがどんな手段を取るのかという、純粋な興味があった。
6/8ページ
    スキ